第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『甘いクールダウン』
「何で、僕の言うた通りに滑らへんの?そんな大ぶりで腕を回さんと、弧を描くようにて言うたやろ?」
「それだと小さく纏まり過ぎやしない?SPのプロにしては序盤のアピールが弱いと思う。ヴィクトルならもっと」
「…待った。僕の振付について異議を唱えるんはまだしも、その為にデコを引き合いに出そうとしたら、承知しいひんからな。今回僕が作ったSPの振付は、既にデコからもOKを貰うてる。勇利は僕の振付だけやなくて、デコの事も信じられへんて言いたいんか?」
冷たい口調で告げてきた純に、勇利もしかめっ面のまま黙り込んだ。
今シーズンから、純は勇利の競技プロも手がけるようになり、勇利のFSを作ったヴィクトルとは対照的の曲調や振りを心掛けたSPのプロを作った。
しかし、ここ数年ヴィクトルによる競技プロに慣れていた勇利にとっては、EXとは違う純の振付に、どうしても違和感を覚えてしまっていたのだ。
険悪な雰囲気が漂う中、ジャージのポケットに入れていた純のスマホのアラームが鳴った。
「お互い頭に血が上っとるから、休憩にしよか」
敢えて気持ちを切り替えようと明るい声を出した純は、一旦リンクから下りるとそのまま外へ出かけてしまう。
残された勇利も、西郡や優子達が遠巻きに見守る中リンクを出ると、傍らのベンチにどっかりと腰を下ろした。
そのまま汗を拭きつつ視線を床に落としていると、見覚えのある男性にしては小さめの靴が目に映った。
「純…」
「外、むっちゃ暑かったわ。やっぱ夏やなあ」
純が差し出してきたアイスの袋を、勇利はためらいがちに受け取る。
「まったく、勇利がここまで頑固とは思わんかったわ」
「僕だって、純がここまで理屈屋でついでに口が悪いなんて思わなかったよ」
隣に腰掛けてアイスの袋を開ける純に、勇利はややふてくされた声で返す。
「ふふ。まだまだ僕ら、お互いに判り合う必要あるなあ」
「…まあね」
『ブラックモンブラン』と呼ばれる佐賀のご当地アイスを食べる純の顔に浮かんだ笑窪を見ながら、勇利もまた京都の宇治金時アイスの冷たさと甘さに、段々と頭と心が和らいでいくのを覚えた。