第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『ユーリ!!!・1』
※勇利が軽い疾病に倒れる話なので、苦手な方はご注意下さい。
「どないしたん?」
「何でもない。ちょっとお腹が痛いだけで大丈夫…だと、いい、な…ぅ…く…っ」
「勇利?…勇利!?」
アイスショー前日のリハーサル中、リンクで勝生勇利が倒れたというニュースは、国内外を駆け巡った。
意外にもこの事態にいち早く反応したのは後輩の南と礼之で、リンクにうずくまる先輩を見るや否や、テキパキと必要な物を指示し始めたのだ。
「純くんは119番して下さい!アレクくん、舞台裏から小道具用のポールと毛布持って来て!」
「はい!保健の授業で習ったから、それ知ってます!」
医者の家系で本人もその道を志している南と、過去に勇利と似た症状に苦しむ家族を見た事のある礼之が、毛布とポールで拵えた担架に勇利を乗せ、「今だけ堪忍です」と勇利の姿を隠すように自分達のジャージを被せると、足早に会場裏まで移動した。
やがて到着した救急車で病院に搬送された勇利は、南達の予想通り急性虫垂炎と診断され、そのまま手術と相成ったのである。
「…せやから、そんな泣かんでもええて!手術は無事に終わったし、発見が早かったから腹膜炎や合併症の心配もないて、医者のセンセも言うてはったから!」
オフシーズン中、ロシアでの仕事も兼ねて一時帰国していたヴィクトルからの電話に、純は辟易しながら応じていた。
「今すぐ日本に行く」とすっかり取り乱してしまっているヴィクトルに、「未だそっちの仕事残ってるやろ。危機は脱したから大丈夫や」と返すと、電話を切った。
「さっきはクリスやミケーレ達、ピチットくんとユリオくんから立て続けに連絡来るし…今日の僕のスマホは、いつになくインターナショナルやな」
明日の本番は、勇利達の振付とグループナンバーだけ出る予定だった純が、急遽勇利の代役としてソロでも滑る事になった。
『親友の為にお祈りしました』とエラワン祠の前で涙目になっているピチットのSNSと、「カツ丼、そんな簡単にくたばったりしねぇよな?」と教会の鐘と賛美歌をBGMに何度もしゃくり上げながら尋ねてきたユーリを思い出すと、純は様々な感情のこもった息を吐く。
「ホンマに罪な男や…どれだけの人が勇利の事を想うてるか、判らせるええ機会かも」