第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『君の隣に立つ覚悟』
アイスショーのペアプログラムの本番前の合わせ練習で、久々に純とリンクで再会した勇利は、ジャージの上着を脱いだ彼の姿に驚愕した。
「どれだけ絞ったの!?」
現役最後の試合だった全日本の時よりも更に引き締まった純の身体を見て、思わず勇利は声を上げる。
「流石に当時そのまんまとはいかんかったけど、怪我する前のピークの体重と体脂肪に近付けとるわ。本番までには頑張ってあと1キロ落とさんと」
「どうしてそこまで…」
「そうしないと、勇利の身体のキレについていかれへんからな」
勇利より少しだけ身長は高いが、筋肉がつきにくく肥り難い体質の純は、勇利とは別の意味で体型のコントロールが難しい。
無理に食事量を増やせば消化不良を起こすし、気を抜くと体重だけでなく筋肉まで落ちてしまうので、減量ひとつとっても相当の苦行を重ねる必要があるのだ。
「これは、僕のプロスケーターとしての矜持や。決して安くないチケット買うてくれたお客さんの前で、世界最強の男と並んで滑るのに、半端な真似はできひんやろ?」
「純…」
「最高のプロ、一緒に作っていこうな」
「うん!」
「まるで、今すぐにでも現役復帰できそうな身体だね」
リンクで切れの良いステップを披露する勇利と純を見ながら、ヴィクトルは純の元コーチで恋人の藤枝に訊く。
「お蔭でこっちは数ヶ月間大変だったぜ。『暫くこのメニュー通りに食事作れ』って、献立押し付けられて。俺はあいつの専属トレーナーじゃねぇっつうの」
「でも、付き合ってあげたんだ」
「限られた期間だからこそ出来る事だと判っているが…一瞬本気であいつを競技の世界に戻したくなった」
「日本は選手と振付師の掛け持ちは出来ないからね。でも、アイツをそんなスケーターにしたのは、ヒゲさんだよ。動画サイトにあった昔のアイツよりも、今の方がずっと良い顔と身体してるし」
「…」
「自分の手で磨き上げた恋人が、リンクで輝く姿ってイィよね♪」
「まあ…な。だが、スケーターとして理解は出来るが、勝生の為というのだけが面白くない」
「それは同感だなー。何でアイツじゃなく俺が勇利と一緒じゃダメなんだろ」
「貴方の場合は、ギャラや色々な問題が絡むからだ」
リンクサイドを良い事に、2人の年長者は率直な意見を述べ合っていた。