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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』


『貴方に花を』


それは、ただの偶然だった。
中学生の春休みに、純は師事しているピアノ教師の演奏会にかこつけて、初めて試合以外で単身東京へ1泊旅行に出かけた。
都内在住の親戚宅に宿泊させて貰った翌日は、「自分の代わりに観てきて」とリンクのコーチからアイスショーのチケットを渡され、「帰りの新幹線には間に合うし丁度ええか」という軽い気持ちで会場へと赴いたのだ。
競技シーズン終了間際に加え、あまり東日本には目当てのスケーターもおらず、特別な思い入れもないままショーを観ていた純だったが、そこでとある1人の青年に目を留めた。
その青年はスケーターにしては長身で、難易度の高いジャンプを飛んでいた訳でもなく、名前も東日本ブロックや全日本で見かける程度の印象しかなかったのだが、彼の滑らかなスケーティングとリンクに残る跡に、純は強く惹かれたのである。
演技終了後。
スケーター達との触れ合いタイムで、純は彼の前にミニブーケを差し出した。
「しょぼくてごめんなさい。ホンマは、もうちょっとええ花買いたかったんですけど、帰りのチケットと関東限定のスイーツ買うたらこれしか用意できなくて…でも、僕は貴方のスケート、とっても素敵やと思いました」
「有難う、嬉しいよ」
素直な純の言葉に、その選手は一瞬だけ笑いを噛み殺すような仕草をした後で、ミニブーケを両手で受け取ると目を細めてきた。

「…憶えてたんか」
「忘れねぇさ。この俺が花を、それもよりにもよってジュニアでも活躍してた奴から受け取るなんて思わなかったからな」
あの日より若干皺の増えた目元を細めながら、藤枝はショーでの演技を終えて舞台裏に戻ってきた純に、ミニブーケを差し出してきた。
かつて小さな花を携えていた少年は、沢山の花を貰うスケーターに成長したが、現役を引退し振付師に転向した後は、基本贈り物の類は手紙以外すべて固辞している。
そんな今の純に花を贈る事が出来るのは、藤枝だけに許された特権なのだ。
少年から小さな花を贈られたかつての青年は、選手生活を終えた後、紆余曲折を経て最高の『花』を手に入れた。
小さなブーケに込められた大きな想いに、純は照れ臭そうに微笑むと、最愛の男の手から恭しい仕草でそれを受け取った。
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