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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』


『僕の好きなスケート』


生徒達が来る前の早朝のリンクで、純は藤枝とウォーミングも兼ねてリンクを周回していた。
大柄な体格にも関わらず、藤枝の滑った跡が綺麗に白い氷上に残っているのを見て、純はそっと目を細める。
数年前、足の大怪我から全てを投げ出していた純は、その後競技再開を決意したものの、かつてのコーチ達からは「今更遅過ぎる」と袖にされてしまった。
そんな中、「容赦ないダメ出しで生徒が寄り付かず、ほぼ開店休業状態コーチ」な藤枝の存在を知り、半ば妥協と諦観混じりに彼の元を訪ねた純は、そこで彼の人となりと、何よりも彼の暴言とは裏腹なスケーティングの丁寧さに、「この人なら」と師事を決めたのである。

「事と次第によったら、今でもアイスダンスでやれたんと違うか?」
「…引退前にシングルからの転向話も出ていたが、日本でアイスダンスやペアをするのが厳しいのは、お前も知ってるだろ」
男女で肌を密着させる事に抵抗を覚える文化的な側面や、何よりも練習できるリンク環境や指導者の乏しさにより、日本のペアやアイスダンスの選手達は、その殆どが海外を拠点にしているからである。
「ヒゲは、中学卒業までカナダにいたから、シングルよりも先にアイスダンスから始めてたんか?」
「アメリカ程ではなかったが、小さな頃から男女でペアを組んでアイスダンスのレッスンはあったぞ。スケーティングの美しさを磨くにはもってこいだからな」
「マイナー競技の悲しさとはいえ、日本はリンクがなさすぎや。勇利達の頑張りに対して、もう少し融通してくれてもええのに」
「これでも、昔に比べりゃまだマシになったんだ。ボヤく暇があったら、お前の振付で何人ものメダリストを作れる位ビッグになってみせろ」
「また、無茶なハードル出しよるなあ」
「お前ならやれる。そして、いつか俺を左団扇で暮らさせてくれ」
「僕はパートナーやからって、甘やかさへんで。それに…今の僕がおるのは、ナオちゃんのお蔭やから」
恋人を愛称で呼んだ純は、少しだけスピードを付けると、藤枝の前に立つ。
「なあ、僕にアイスダンス教えて」
「ダンスなら、昨夜しただろ」
「どアホ!」

照れ隠しに声を荒げる純の表情に、藤枝は苦笑しながら「少しだけだぞ」と、愛しい恋人の手を取った。
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