第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』
『酒とワルツと男と男・1』
その日。
傍目には普段と変わらぬ純の様子が何処となくおかしな事に気付いた藤枝は、「何かあったのか」と尋ねた所、表情は変えずに素っ気なく「振られた」と返された。
スケーターに限らずアスリートにとって、競技と恋愛の両立は容易ではない。
自身の努力もだが相手が競技活動に理解がなければ、関係を持続させるのは非常に困難だからである。
故障前も、純は当時交際していた恋人にそれが原因で振られた事があり、そして今回も、これまで中断していたスケートを再開した純への不満が爆発したらしき彼女から、引導を渡されたのである。
翌日が休みだったので、練習終了後純を飲みに誘った藤枝は、2件目の行きつけのバーで、1件目とは打って変わってグラスを傾けながら愚痴を零し続ける純を、内心興味深げに見つめていた。
「『今更スケート再開したって遅すぎやし、何の得にもなれへんやん』…って、余計なお世話や。私の気持ちが云々いう前に、僕の気持ちはどうでもええんか」
「まあ彼女にしてみれば、お前が又スケートをするとは思わなかったんだろうな」
「彼女の気持ちも判らんでもないねん。ロクにリハビリもせんと逃げてた僕を見とったら、とっくにスケートは辞めたて思うわな。けど…いつの間にか作っとった新しい男に、僕への不満を代弁させるんは、卑怯やろ」
朝、大学の構内を歩いていた純は、目の前に現れた彼女と一緒にいた男から「これ以上、お前のエゴに彼女を振り回すな」「俺の方が、彼女を幸せにできる」等と、暫くの間糾弾され続けた。
内心の腹立たしさと隠しようのない寂しさや哀しさに加え、次第に鬱陶しくなってきた純は、「気ぃ済んだか?ほんなら2人仲良う元気でな。これまで有難う」と努めて平静に言葉を返すと、そんな純の態度に益々ヒートアップする彼らを置いて立ち去ったのだ。
「…彼女にも悪いと思うたから言い返さんかっただけで、僕かてあそこまでボロクソに言われたら傷つくわ!ほんなら何か?別れんといて、とか言うて欲しかったんか!?新しい男作っとる時点で、僕の事言われへんやろが!」
声を荒げた純が、テーブルに音を立てて置いたグラスに、藤枝はボトルを開けると新たな酒を注いだ。