第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』
『コーチとの最後の夜・2』
抵抗を繰り返す純の両手首を掴んだ藤枝は、業を煮やしたように凄んだ。
そして再び自分の上にのしかかってきた藤枝の、しかしその強い口調とは裏腹に優しく触れてくる手や唇を感じると、純は頭を少し動かして彼を見た。
「…あかんえ。そうやってわざと強引に迫って、いざ事が発覚した時に、僕が貴方に脅されてたなんて言い訳作ろうとするんは」
穏やかな黒い瞳に見つめられた藤枝は、図星を刺されたのか動きを止めた。
藤枝の反応に純はクスリと笑みを零すと、手を伸ばして彼の顔に触れる。
「そんなんフェアやない。だって、貴方も僕もいつかこんな日が来る事、判ってた筈やろ?」
「純…」
「最近の貴方の視線やらこれまで僕にしてきた事、気付いてないとでも思うてたん?昔僕が彼女に振られた時も、ヤケ酒の後居眠りしとった僕に…」
「おい!それ言うなら、お前だって大会中ホテルで眠ってる俺の耳元で!」
焦った様子で言い返してきた藤枝に、純は吹き出す。
無防備な純の笑顔を見て、藤枝は毒気が抜けていくのを感じた。
身を起こして自分から離れる藤枝に、純はこれまで秘めていた正直な気持ちを打ち明ける。
「いつの頃からか、貴方個人の事も気になっとった。せやけど僕は、全日本が終わったらスケートをやめなあかんて思うてたから、貴方とコーチ以上に関わる事で、スケートへの未練が募るのを恐れてたんや」
「俺も…爆弾持ちの膝抱えたお前に、大会以外の事で負担かけたくなかったからこれまで黙ってた。まさかお前が俺と同じ気持ちでいたなんて、はじめは信じられなかったしな」
「今は?」
「…判ってんだろ」
「言うて欲しいのに…いけず」
純の上体を起こした藤枝は、そのまま彼の身体を抱き締めた後で、ゆっくりと唇を重ねた。
はじめは軽く触れていたものから、次第に深く互いの粘膜を絡め合わせていく。
「続き、しいひんの?」
やや艶を帯びた声で、純は吐息混じりに問いかける。
「いいのか」
「何で僕が、さっきあんなに長い時間風呂入ってたと思うてるん…?」
言いながら唇を震わせる純の潤んだ眼差しに気付いた藤枝は、直後純をきつく抱きしめると、衝動を抑え切れずに再びベッドに押し倒した。