第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』
『ひとつの終わりと、はじまりへの前夜・2』
「それに、かつて色んな事から逃げてたこの僕が、この先ホンマにスケートを続けていけるのか…何の後ろ盾もない僕が、安易に続けられる程甘い世界やないしな」
藤枝と共にベッドに腰を下ろしながら、純は述懐する。
「…せかやら、明日勇利とのEX作りで自分の力が通用するのか、試してみたいと思う。最初は僕の『SAYURI』を滑りたいなんて、ヒトの事バカにしとるんかって腹も立ったけど、勇利の競技にかける純粋な想いを知って、僕の持っとるスケートの技術やその他全てを賭けてみたくなったんや」
そう言って微笑む純に、藤枝は幾重もの複雑な感情を覚えながら、「絶対に女子FS始まる前には戻ってこいよ」と念を押した。
「なあ」
「何だよ」
「もしも…僕がスケート辞めてしもうても、貴方の傍におってもええ?」
藤枝の肩にもたれかかりながら、純は自信なさげな声で問う。
「バカ。お前が離れようとしても、俺が離す訳ねえだろ。それに」
藤枝は純の腰に手を回すと、そのまま自分の膝の上に横抱きの形で強引に乗せる。
「覚えとけよ。今後、俺の前で迂闊に他の男…特に勝生勇利の名前を出すのが、どういう事になるのか」
「え?僕と勇利はそんな」
「…俺の言った事、聞こえなかったのか?」
いつになく物騒な声を聞いた純は、先程の情事を思い出して藤枝の腕の中でもがいたが、容易く抑え込まれると、なけなしの衣服である彼のジャージを剥ぎ取られた。
カーテンの隙間から漏れ入ってくる光に、純は藤枝の腕の中で薄目を開く。
「ん、朝…え?ウソ!」
枕元のスマホに表示された時刻に純は愕然とすると、慌てて勇利に電話する。
「もしもし、勇利?ごめん、あと5分だけ待っとって!直ぐ行くから!」
藤枝の腕を引き剥がしながらベッドから下りた純は、シャワーを浴びる暇もなく、湯で絞ったタオルと石鹸で目立った身体の汚れを拭い最低限の身支度だけ済ませると、「この僕が遅刻やなんて!」と慌ただしく部屋を飛び出した。
「堪忍、寝坊したわ!」
「大丈夫、そんなに待ってないよ」