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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第4章 番外篇・僕と『ヒゲ』


『ひとつの終わりと、はじまりへの前夜・1』

夜中。
ふと目を覚ました純は、シーツとその上に掛けられたサイズの違うジャージをめくると、未だ下腹部の奥に残る鈍痛を持て余しながらゆっくりと身を起こした。
そして僅かに頭を動かすと、さして広くないホテルの部屋の窓辺で、ぼんやりと外を眺めている藤枝の後ろ姿を一瞥した後で、裸の上に彼のジャージだけ羽織りながら何処かぎこちない足取りで近付く。
「どないしたん?」
「…起きたのか」
「今、貴方が何考えてるか当てたろか。俺が、こいつの選手生命にとどめを刺しちまった…やろ?」
いつもと変わらない、だけど明らかにこれまでとは違った声音で藤枝に呼び掛けながら、純は言葉を続けた。
「僕の選手生命は、昨日の演技でとっくに燃え尽きとったわ。僕も、正直この膝でようあそこまで保ったなあ、て思うた位やもん。きっとFSの4Lzも、スケートの神様か誰かからの最後の餞(はなむけ)やったんやな」
純はくすり、と笑みを1つ零した後で、藤枝の隣に立つ。
「せやから競技選手としての僕は、諸岡さんにも言うたけどホンマに何も思い残す事はないねん。ただ、1人のスケーターとしては…正直迷うてる」

現役最後の試合になるであろう全日本選手権でやり切った後は、これまで散々家族に迷惑や苦労をかけた分、続けさせて貰った恩義を今度こそ返さなければならない。
故障から復帰した数年間、純はそれだけを考えていた。
しかし、藤枝と出会い勇利との再会や南達との交流、そして父親の言葉を通じて、次第にこれまで隠していた自分の本心を誤魔化しきれなくなっていたのだ。
「だから、俺はお前に何度も言っただろう。例え競技はやめてもスケートは続けろって。本当はお前さえその気になりゃ、公式戦復帰前にもう一度膝の手術受けさせたかった位だ。そうすりゃ、お前は未だ現役でいられたものを…」
藤枝の何処か不機嫌そうな物言いに、純は彼の気持ちを嬉しく思いながらも、眉根を寄せた。
「元々僕は、世界を狙える器やなかったんや。ジュニアの時点で勇利には絶対に敵わんって、早々に諦めてしもうてたんやから」
それも含めた様々な理由から、純は「自分のスケートは学生までだ」と考えていたのだ。
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