第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『音なき音』
「ちょっと普通の人よりスケートが上手な位で天狗になっとった僕が、打ちのめされた瞬間や」
「勇利の内側から音楽が溢れている」と、ヴィクトルを始め数多のスケーターから評される勇利のリズム感について、酒も入って口が軽くなった純から苦笑交じりの呟きが漏れた。
「京都の僕の友達に、聴覚にハンデある奴がおんねんけど、中学生の頃たまたまソイツと近所で会うた時に、スケートの話題になってな…」
携帯を使って友人と文字の会話をしていた純は、自分を応援してくれる一方で、彼から思わぬ言葉を受けた。
「『僕に音楽は聴こえないけど、勝生選手のスケートは、見ていてとても楽しいんだ。特に彼のステップからは、キラキラした光の粒や花びらのようなものが、一緒に舞っているみたいで』」
同期の中でも頭1つ抜きんでていた勇利の実力は、当時から認めざるを得なかったが、友人からその言葉を携帯越しに目にした瞬間、純は、どうあっても越えられない壁を思い知らされたのである。
「…それが、僕が逆立ちしても勇利には絶対に勝てへんと判った決定的な出来事。あの子は、ゼロから形あるものを構築する事ができるけど、僕にはそれが出来ひん」
「スケートは、それが全てじゃないよ?」
「判ってる。でもな、10代そこそこの子供には、同い年の子がチートクラスのラスボスて、かなりキツかったんやで?」
「勇利は勇利で、お前に対して別の事言ってたけどね…ん、起きたの?」
猛練習の後で疲れていたのか、いつもより一足先に撃沈していた勇利が、こたつからもぞもぞと動き出す。
「勇利、平気か?水飲むか?」
「ん~…ヴィクトルのスケートはぁ…サイレントで観ても綺麗やねぇ…すぅ…」
「…一発しばいてもええかな」
「そこは酔っ払いの寝言で、許してあげてよ」
再びこたつで眠りについた勇利を、純とヴィクトルは渋面と含み笑いで見つめた。