第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『英雄の外套』
「今年もGPFが開幕!各大会を勝ち抜いてきた猛者達が、決着をつけるべく日本に集結しています!」
諸岡のリポートと共に、外国人選手達の空港での様子が映し出される。
その中の1人であるオタベック・アルティンがゲートから現れると、彼のジャージの上に羽織られたレザーダウンコートに「あったかそう」「ちょっと大き目だけどお洒落だよね」等とファンがコメントする裏で、明らかに彼らとは異なる反応をする若干名がいた。
「コラ」
スマホ越しに聞こえてきた声に、オタベックは子供のように首を竦めた。
「借りるならひと声掛けてくれ。着ようとしてクローゼット開けたらないから、ちょっと困ったんだぞ」
「すまない。でも、合鍵で戸締まりはしたから…」
「そういう問題じゃない」
日本へ出発する直前、守道の部屋に泊まったオタベックは、講義の為に朝早く出かけた守道の後に部屋を出た際、クローゼットから彼のコートを拝借していたのだ。
「大体、君の方がもっと高価でいい服いっぱい持ってるじゃないか。確かにそれは防寒対策優れたヤツだけど」
守道のコートは、彼がロシア留学時代に大枚をはたいて買った大切な一着でもある。
そんな自分のお気に入りを、オタベックが粗末に扱うとは思っていないが、やはり黙って持っていかれるのは良い気がしない。
「折角今季のGPFが日本開催なのに、貴方と一緒に来れなかったし」
「仕方ないだろう。俺も研究室でのプレゼンあったんだから。まさか、それで俺のコートを日本に持ってったとでも言いたいの?」
「違う」
呆れ返るような守道の問いにオタベックは首を振ると、身に纏った彼のコートの袖口にそっと顔を寄せる。
「こうしていると…貴方の匂いに包まれて安心できるから」
恋人からの不意打ちに、守道は照れ隠しに咳払いを1つすると、「お土産は100均グッズと菓子詰めたダン箱に、干物も追加で!」と捲し立てた後で電話を切った。
クスクス笑いながらスマホをポケットに仕舞うオタベックの元へ、先に練習を終えたユーリが近付いてくる。
「何か見覚えあると思ったら、それセンセーのコートじゃねぇかよ」
「ちゃんと許可は取った」
不審げな顔をするユーリを他所に、オタベックはコートの裾を翻しながらリンクへ向かって悠然と歩き出した。
