第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『サムライの仕立て屋・2』
「…僕のせいでメルちゃんを傷付けちゃった」
「少し違うな。お前達は自分自身と互いを傷付けてしまったんだ」
「え?」
鼻声の孫に、祖父は一呼吸置いてから話を続けた。
「お前はメルに良かれと思ったのたかも知れないが、今回はその優しさが仇となった。礼之は強化選手になったのだろう?ならば、スケートを始めたばかりの頃とは認識を改めなければいけない」
口調は優しいが何処か嗜めるような祖父の言葉に、礼之は唇を噛みしめる。
「残念ながら、2人共その意識が足りなかったのだ。試合という真剣勝負に臨むなら、やはり相応の装いを…」
「…僕は、」
祖父の言葉を遮ると、礼之は目尻の涙を拭い口を開いた。
「それでも僕はメルちゃんの衣装を着ると、いつも以上に頑張れる気がするんだ。だから、これからもメルちゃんの衣装で滑りたい」
「ならば、よく話し合いなさい。だが、場合によっては厳しい決断も必要だぞ」
祖父への礼もそこそこに、礼之は妹の部屋へ向かおうと自室のドアを開けたが、直後例の衣装を手にした彼女と鉢合わせした。
「着てみて。これでもダメなら、もう私針糸置くから」
渡された衣装は、先日とまるで着心地が違っていた。
一時は鋏で切り裂こうとまでしたメルヴィだったが、暫く考えた後でリッパーに持ち替えると、試合で滑る礼之の録画映像と見比べながら、衣装の手直しをしていたのだ。
「凄いよ!これなら何の問題も…って、メルちゃん!?」
目の前でへたり込む妹を、礼之は慌てて支える。
「…流石に徹夜は堪えるわね」
「何でそんな真似を!」
「して欲しくなかったら、二度と変な遠慮は止めて。アレクの競技と同じ位、私も真剣なのよ」
目元に大量の隈を拵えた妹の力強い眼差しに、礼之は両目を潤ませながら頷いた。
「今思えば私もどっか自惚れてたのね。いい経験だったわ」
「だからって、極力無茶は止めてよ」
「アレクのお菓子で栄養補給すれば、2徹までなら…」
「もう!」
「まあ、メルの腕前は俺も知ってるし。他にも色々作れるんじゃね?」
「そうね。その内タキシードとか作っちゃおうかしら…2人分」
「…なっ!?」
「め、メルちゃん、嬉しいけどそれは…」
視線の先で頬を染めた『サムライ』とその恋人を見て、『仕立て屋』は含み笑いを浮かべた。
