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【YOI・男主人公】小話集【短編オムニバス】

第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。


『サムライの仕立て屋・1』


「メルちゃん、右の脇を詰めてくれる?」
「反対側は?」
「平気。あと、背中の攣れが少し気になる」
「OK。じっとしてて」
礼之の妹のメルヴィは、兄の細かい注文に黙々と針糸を動かし続けていた。
服飾の学校に通う彼女は、礼之の衣装作りをデザインから縫製まで手掛けている。
そんな2人の様子を眺めていたユーリは、「随分本格的なんだな」と呟いた。
「だって、アレクには私の作る衣装に対して一切の妥協はしない事を約束させてるから」
「そう。だから逆に遠慮なんかしたら、僕はメルちゃんに怒られちゃうんだ。昔それでやらかしちゃったし」
目を瞬かせるユーリを見て、双子の兄妹は顔を見合わせると、過去の思い出を語り始めた。

軽度の心臓疾患を抱えるメルヴィは、激しい運動ができない代わりに、手先の器用さで幼い頃から手芸や被服の制作に没頭していた。
既にローティーンで本格的な服飾の道を目指す事を決め、その一環としてある時初めて礼之の衣装作りをした。
服飾師をしていた親戚から手ほどきを受けていたメルヴィは、それなりの自信を持って兄の衣装を縫製したのだが、日常的な衣服と繊細な動きが求められるスケートの衣装とでは、勝手が違っていた。
妹の渾身の一作を邪険にできなかった礼之は、違和感を隠して試合に出た結果、演技中に転倒してしまったのだ。
兄の不調の原因が、他でもない自分の衣装である事を知ったメルヴィは、己の未熟さとそれを知っていながら黙っていた彼に、悲しみと怒りでいっぱいになると、涙まじりの大声を張り上げた。
「私は、もう少しでアスリートの未来を潰す所だったのよ!」
同時に、メルヴィのプライドを酷く傷付けてしまった礼之も、後悔の念に打ちひしがれていた。
エスポーの自宅に戻った後も、2人は自室に籠もったままひと言も口を聞く事ができなかったのである。
両親が声をかけても2人は塞ぎ込む事を止めず、やがてベッドからゆっくりと身を起こしたメルヴィは、作業台の上に放り出されたままの礼之の衣装を一瞥すると、裁縫箱から取り出した裁ち鋏を勢い良く振り上げた。

「礼之、今いいか?」
「おじいちゃん?」
スオミの『ukki』ではなく、日本語で返事をした礼之は、電話越しの祖父の声に耳を傾けた。
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