第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『新たな夢への夢』
ピチットは、舞台裏から『ピチットon ICE』の開幕を今かと待ちわびる大勢の観客の様子とリンクに視線を漂わせている内に、不覚にも涙が溢れてきた。
「どうしたの?」
「あの時は漠然と願ってただけだったのに…何だか夢みたいだ」
気遣うような勇利の眼差しに、ピチットは指で涙を拭いながら言葉を返す。
「タイは、まだまだスケート後進国だからね。僕も競技を始めたばかりの頃は、所詮はお金持ちのお遊びみたいに言われてさ」
「ピチットくん…」
そんな周囲の揶揄を、ピチットは怒るよりも笑い飛ばしながら、1人頑張り続けてきた。
「勇利の事もね、正直最初はフィギュア大国の日本人に、僕の気持ちは判らないだろうなってちょっとだけ思ってたんだ。でも、デトロイトで一緒に過ごしている内に、実は僕達結構似た者同士だって気付いて…本当に良かった。勇利と一緒にスケート続けられて。こうしてショーをやる事ができて。何より勇利と親友になれて…有難う」
「お礼を言うのはこっちだよ。僕だって、ピチットくんに何度助けて貰った事か」
様々な不安を抱えていた勇利を、ピチットの笑顔は癒してくれた。
ピチットを通じて、デトロイト時代の音大生と再度連絡が取れた事で、『Yuri on ICE』は誕生した。
そして今、
「純のお蔭で、本当に楽しいプログラムが出来たよね」
「うん、勇利と一緒にペアプログラムだなんて、感激だよ!純も有難う!」
「どういたしまして。せやけど、別に振付師の僕まで出演せんでも良かったんと違う?」
「何言ってんの?純は、ショースケーターとしての評価も結構高いじゃない。それに、純だって僕の大切な友達なんだよ?」
当然のように返すピチットに、純は一瞬だけ面食らうような顔をした後で、右頬に笑窪を作った。
「おおきに。でも、これで君の夢はもうおしまいなん?」
「…まさか!これを皮切りに、第2第3の新たな夢に向かっていくよ。将来僕がリンクを下りた後は、タイで見込みのあるコをプロデュースするのも面白そう。僕のスケートへの夢は無限大だ!さあみんな、準備はいい?」
「「「もちろん!」」」
ピチットの掛け声に、勇利をはじめとしたスケート仲間達が元気よく応えながら、大歓声の沸くリンクへと一斉に滑り出した。