第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『ソムリエの呟き』
「シニア上がりたてのコと数年経たコとでは、身体つきが変わってくるよね」
「セクハラ発言、やめーや」
「女性には言わないよ」
「そういう問題と違う!」
ヴィクトルから1シーズン遅れて現役引退、プロスケーターとなったクリスは、毎年夏に日本で開催されるアイスショーの常連となっていた。
故に、来日時にはヴィクトルや勇利達とオフを過ごす事もあるのだが。
口元に笑みを浮かべながら、リンクの若手選手達の腰の辺りを凝視しているクリスに、純はげっそりとした顔をする。
「ちゃんと鍛えているコは、下半身の筋肉がしっかりしてるんだよ。クワド尻ってヤツね」
「…まあ、他のスポーツでもトップ選手の足腰の筋肉は半端ないからなあ」
「ヴィクトルについてからの勇利は、本当に見違えるようになったし、サムライくんもプリセツキーくんも、とっても魅力的なお尻になってきたよね」
「せやから、その怪しげな手つきを…ひっ!?」
片手をワキワキさせているクリスを制止しようとした純だが、そんなクリスの反対の手が自分の尻に触れてきたので、短く悲鳴を上げた。
「うん、純も良い身体してるね♪」
「4Tは今でも何とかやけど、それ以上はもう厳しいで」
「プライベートでも充実してるって意味だよ」
クリスの囁きを聞いて、純の頬に赤みが増す。
「現役時代は何処かピリピリしてた純が、こんなに丸くなったのは、おヒゲの恋人に色々と可愛がって貰…痛たた!」
「同性相手でもセクハラは成立するって、知っとるよな?」
目が全く笑っていない笑顔で純がクリスの痛点を突いていると、練習を終えた勇利達がやってきた。
「この後、男子のグループナンバーやるって」
「久しぶりにサユリと一緒に滑れるな」
「クリスさん、こんにちは!」
礼之の会釈に、クリスは軽く手を振る。
やがて純と共に彼らの後に続くと、ふとクリスの視界にユーリと会話するオタベックの姿が入った。
ベテランの域に入りつつある『カザフの英雄』は、近頃随分と雰囲気が柔らかくなったと聞く。
(…成程)
軽く髪をかき上げた彼の左手のブレスレットと、一緒に競技していた時には見られなかった腰の微妙な丸みと肉付きの良さに、クリスは彼を変えた見知らぬ相手を想像しつつ、納得の息を吐いた。