第3章 僕と「はじめまして」や、その他諸々。
『皇帝とサムライ』
アイスショーに出演した礼之は、そこで『皇帝』ヴィクトル・ニキフォロフに初めて対面した。
ぽかんと口を開けたまま暫くヴィクトルを見つめていた礼之だったが、やがて我に返ると最敬礼の勢いで頭を下げた。
「失礼しました、初めてお目文字致します!僕は、伊原礼之と申します」
「あはは。噂にたがわぬ『サムライ』くんだね」
そう言って笑うヴィクトルに、礼之はほんの少しだけ顔を赤くさせる。
「デコ、礼之くんの事いじめてるんと違うやろな」
「何だか珍しい組み合わせだね」
そこへ、リンクでの打ち合わせを済ませた勇利と純が戻ってきたのだが、当の礼之は何処か心ここにあらずといった表情で、ヴィクトルに視線を向けている。
「どうしたの?ひょっとして、緊張してる?」
「勝生さん。いえ、以前からお話や動画等を観て凄い人なのは知ってたんですが…僕にとってはあまりにも遠い世界の人過ぎるから、何だか実感が湧かなくて」
「そこまで?」
「そら、礼之くんはユリオくんより年下やから、デコの年代は完全オジサンレベルやんなあ」
率直な礼之の返答に、ヴィクトルは目を丸くさせ、純はさも愉快そうに笑った。
「酷いなあ。やっぱり君にはオジサンより、愛しい『ユリ』の方がいいって事かい?」
「え!?あの、その、すみません、そういう意味では…勿論、貴方の演技はいっぱい観てました。直ではないですけど」
「ふーん。じゃあ、俺の演技の中で一番気に入ったのってある?」
「…シニアのはじめ頃に滑られてた『ロミオとジュリエット』が印象に残ってます。特にティボルトに焦点を当てた所とか」
礼之の反応が面白くてからかうつもりでいたヴィクトルは、続けられた『サムライ』の言葉に目を瞬かせる。
「ティボルトの死によって、ロミオとジュリエットの愛は更に確立されていく。そんな風に感じたんです」
「…良い着眼点と、愛の捉え方だ。勇利もうかうかしてられないね」
「勿論。礼之くんは、次代の日本のエースだもの」
「それじゃ、可愛く頼もしいサムライくんに、かつての皇帝からエールを♪」
「わわっ!?」
スマホを向けたヴィクトルがサムライの頬にキスをした画像は、ロシアにいる彼の恋人を大激怒させたという。