第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『絶賛冷戦中!皇帝VS風雅人・ナショナル冬の陣』
全日本選手権の注目は、やはり先日のGPFで僅差でヴィクトル・ニキフォロフを破り優勝した勇利であるが、スケオタの間では勇利自身の他にもとある話題でもちきりであった。
『勇利くんのコーチ代理で純くんがいる!』
『上林キター!ロシアナショナルで正妻の居ぬ間に、愛人がww』
『いや、ヴィクトル直々の要請らしいぞ。上林は今季勝生のEXも作ってるし』
全日本とロシアナショナルの日程の関係上、勇利は昨年同様ヴィクトル不在のまま参戦していた。
前回は幼馴染の西郡がコーチ代行を務めていたが、今回は昨年の全日本で現役を引退した純が、勇利のサポートも兼ねて同行していたのだ。
「何かごめんね?純、スケート以外で目立つ事好きじゃないのに」
20代も後半になったというのに、まるで叱られた子犬のような顔をする勇利に、純は毒気を抜かれたように吹き出す。
「もう腹は括ったから安心し。デコからの依頼もやけど、これで勇利が心置きなく戦えるんやったら、僕は満足や」
ヴィクトルのようなスーツではないが、カジュアルシックなセーターとボトムの上にカシミヤのアルスターコートを羽織った純は、競技者時代とは違った雰囲気を醸し出していた。
「勇利。もう君にとってここは全日本の会場やない。来たるワールドに向けての最終調整のつもりで行き」
「え?」
「そして、この間のGPF優勝をまぐれと言わさん為にも、あの銀盤の皇帝に今度こそ引導を渡すんや」
様々な想いを含んだ顔で言葉を続ける純に、やがて勇利はゆっくりと頷く。
「特別気になる事以外は口出さんつもりやから、基本自分で判断し。僕も『ヴィクトルみたいに偉そうに言わないで』とか反発されるんはごめんやしなあ」
「もぉ!まだそれ言うの?」
頬を膨らませた勇利の髪をくしゃりとやると、純は愉快そうに笑った。
一方その頃ロシアでは、
「コラ、俺の勇利にくっつき過ぎ!誰がそこまでやれって言った!?」
「ヴィーチャ!貴様さっさと準備をせんか!」
「おいジジイ、リンク出る前にそのモザイク処理上等の顔直せよ」
スマホに映る勇利と純に妙な闘争本能を刺激されたヴィクトルが、その後ぶっちぎりでナショナルを制したという。