第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『【間】の話』
「あの子や日本人が時々口にする【間】って何?」
素朴なヴィクトルの質問に、勇利は答えに詰まった顔をした。
「え?えーっと…口では上手く説明しにくいなあ…純~」
「はいはい。間ぁについて聞きたいんか?」
「そう。前にお前や勇利の滑った和プロで何となくニュアンスは判ったけど、イマイチピンと来なくてさ」
「確かに、西洋人にはあれへん感覚やからなあ。ほんなら、実際に試してみるか?すみませんおじさん、ミナコセンセに皆さんも。ちょっとよろしですか?」
宴会場の別のテーブルで盛り上がっている利也達に声をかけると、純は立ち上がり両手を広げていつもより大きな声を出した。
「それでは僭越ながら、僕が一本締めの音頭を取らせて頂きます」
「勇利、イッポンジメって?」
「掛け声に合わせて、皆で揃って1回だけ手を叩くんだ」
勇利に促されてヴィクトルも手を広げて純や皆の動きに倣おうとしたが、
「今後のゆーとぴあかつきの繁栄と、勝生勇利選手の益々の活躍を祈って…いよーお!」
ポンッ…
パァン!
「あれっ?」
「ハハハ、ヴィッちゃんフライングやったね」
自分のカウントと周囲とで微妙にテンポがズレているのに気付くと、小首を傾げた。
「ぶっちゃけ、今感じたソレが【間ぁ】や。西洋音楽の規則正しいテンポでいくならデコの方が正解やけど、日本ではここに微妙な誤差が生じる事がある。能や歌舞伎なんかでもそうした間ぁが重要になってくるねん」
「へぇ、これが【間】かあ。崩れているようで崩れない独特のテンポなんて、面白いね!」
「時折それが悪い方に働くと、クラッシックのアンサンブルが町内会の譲り合い精神みたいになってまうんやけどな」
「次に日本に来た時にでも、カブキを観に行く事にするよ!トウキョウの銀座だっけ?幕の内弁当も食べてみたい♪」
「ニッポンの弁当って、クソヤバイ位凝ってるんだよな?」
「日本の文化に興味持つのはええけど、僕としては間ぁの大切さを知るなら、荒事の江戸歌舞伎より上方歌舞伎を観て欲しいなあ」
どう見ても花より団子なヴィクトルとユーリの様子に、純は本音混じりの苦笑を漏らした。