第3章 月夜に微笑む少年
何だろう、この気持ち……。
血だまりの中で、あたしはただ佇んでいた。
その血だまりには、十三人の死体が沈んでいる。
冷たい夜風が肌を攫った。
空はどこまでも暗く、空気はどこまでも静かだった。
――ゴーン、ゴーン……
十二時を知らせる時計の鐘。
あたしはたった今、誕生日を迎えて9歳になった。
それなのに、何の感慨も感じられない。
これからどうすればいいだろうか。
頭の冷静な部分がそう考え始めた。
とりあえず、血に濡れた手のひらに口をつけ、まだ乾かないその血液を啜る。
手のひらの傷が薄くなるが、まだ塞がりきってはいない。
それでも、血はとりあえず止まったから充分だろう。
血生臭い匂いと口に広がる鉄の味は、もう慣れたものだ。
「……やぁ、こんばんは。お嬢さん?」
ふいに、声をかけられる。
ゆっくりと声の方へ首を巡らせると、そこには見知らぬ少年が立っていた。
少年は緩慢な動作で庭の大きな石に腰をかけると、その長い脚を組む。
黒い外套が夜の景色に溶け込んでいた。
「……誰?」
他人と喋ったのはどれくらいぶりだろうか。
あたしのか細い問いに、少年は可笑しそうに口角を上げた。
「人に名を尋ねるときは自分から名乗る。両親に教わらなかったのかい?」
「親はいない」
「……そうかい?」
じゃあ、それは?
少年が指をさす。
十三人の死体の中で、明らかに他と違う二人の男女の死体。
それを指摘されて、あたしは首を振った。
「この二人はあたしの両親」
おびただしい血の海を見ても眉一つ顰めない少年に、あたしは疑問を持たなかった。
それを考える余裕がなかったわけではない。
それを疑問に思うほど、あたしは賢くなかったのだ。
「でも、あたしの親じゃない」
そう言うと、少年は「そうかい」とだけ答えた。
「こいつらを殺したのは君かな?」
あたしは頷いた。
「どうして殺したんだい?」
「死にたくなかったから」
「どうして?」
「こんな奴らのせいで人生を終わらせたくなかった」
「どうして?」
少年はさらに追及してくる。
どうして?
何でそんなことを聞いてくるのだろうか?
そして、あたしは気づく。
月を隠していた雲が晴れ、少年の姿を映し出した。