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血染櫻【文豪ストレイドッグス】

第2章 愛を知らない少女


 まさか不審者かとも思ったが、現れたのは、久しく顔を見ていなかった父だ。
 その姿に一番に反応したのは母だった。

「あなた⁉ 良かった、やっと戻ってきてくれたの⁉」

 少女のようにはしゃぐ母だったが、それとは反対に、父はひどく青ざめていた。

「……どうしたの、あなた?」

 青い顔をする父は、母の横を通りすぎて、あたしのところへ来る。
 傷だらけでボロボロのあたしを見ても、父はそれに触れることなく、あたしの小さな身体を持ち上げて床に立たせた。
 あたしが力の入らない足にふらつきながらようやく立つと、父は震える声で言葉を紡ぐ。

「俺を助けてくれ」

 最初にそう言うと、父は語り始めた。

 裏社会の組織のボスの女に手を出してしまった。
 自分は女がそんなヤバイ組織と繋がっていたなんて知らなかった。
 このままでは、自分たちは殺されてしまう。
 その前に、お前が組織の刺客を殺してくれ。

 長い長い言い訳の末に語られた内容を要約すると、そんなところだった。
 実の子どもに「人を殺せ」と、父はそう言ったのだ。
 母は半狂乱になって夫を詰(なじ)った。
 そんな妻に、父は開き直って母を責める。
 そもそも、お前がこんな『化け物』を産んだのが悪いと、あたしを指さしながら。

 もう、限界だった。

 こんな醜い人間が自分の親だなんて認めたくなかった。
 そうだ、こんな奴ら、あたしの親なんかじゃない。
 もう、終わりにしよう。
 そう、思った次の瞬間――……。

 ――ガシャンッ

 窓ガラスが割れる音がした。
 その音に、両親の言い争いが止まる。
 何事かと廊下から庭に出ると、そこには、見るからに柄の悪そうな男たちが十人ほど立っている。
 ……否、十一人か、とあたしは数え直した。
 頭を抱えて青い顔をさらに青くする父に、男が一人前に出てくる。

「ボスの女に手を出した落とし前はきっちりつけてもらうぜ」

 顔に大きな傷を持つその男は、恐らく十一人の中で一番偉いのだろう。
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