第8章 理想を愛する男
「太宰さん‼」
甘味処で見つけた太宰さんをあたしは問答無用で怒鳴りつけた。
「国木田君、詞織⁉」
太宰さんの隣には、あたしと違い、美人で大人な女性が座っている。
さっきのさっきまで口説かれていたのだろう。頬は微かに上気していて、太宰さんの手はその女性の手を握っていた。
「太宰、報告書を同僚に丸投げして、自分は優雅にお洒落デートとは何事か‼」
「いやぁ、これには色々と事情が……」
取り繕うことくらい、太宰さんには簡単なはずなのにそうしない。
この状況すら楽しんでいるんだと思う。
「太宰さん、あたし、もっと綺麗になるから! 他の女の人なんて見ちゃイヤだよ‼」
太宰さんが女好きなのは今に始まったことじゃない。
マフィアにいた頃から、女物の香水を匂わせて帰って来ることなんて珍しくなかったし。
でも、太宰さんがあたしじゃない女の人と一緒にいるのは、やっぱりイヤだ。
あたしが太宰さんの首に抱きつけば、彼は「ごめんごめん」と頭を撫でてくれる。
「その子、太宰君の妹さん?」
む、失敬な。
あたしは、太宰さんの部下……じゃなくなったんだった。
同僚? 間違ってないけど、違う気がする。
何だろう、と考えていると、太宰さんはあたしを抱っこして立ち上がった。
一気に視界が高くなる。
「では、私はここで失礼するよ」
「えっ? 今夜は一緒に過ごそうって……」
「こちらから誘っておいて断るのは心苦しいのだけれど、可愛い恋人が迎えに来てくれたからね」
可愛い、と言われてあたしは顔が赤くなる。ちなみに、『恋人』が太宰さんの冗句なのは分かっていたのでそちらには反応しない。
国木田は「お前たち、つき合っていたのか⁉」と驚いていたけど、太宰さんが否定しないから、あたしが代わりに誤解を解いておいた。