第8章 理想を愛する男
あれから2年。
マフィアを抜けたあたしと太宰さんは大人しくしていた。
あたしと太宰さんの経歴は汚れ過ぎていて、表で働くにはそれを洗う時間が必要だったから。
そんなあたしたちの経歴を洗ってくれたのは、皮肉なことに、実は異能特務課の諜報員(エージェント)だった安吾だ。
あたしたちは酒場で待ち伏せした異能特務課の種田長官の紹介で、予定通りある組織に所属することになった。
軍警や市警も頭を悩ます厄介事を引き受ける、異能組織。
――武装探偵社。
* * *
武装探偵社に入社してしばらくした、ある日。
あたしは、先日解決した事件の報告書を書いていた。
太宰さんも一緒にいたけど、面倒だからと丸投げして、事務所の1階にある喫茶「うずまき」でお茶をしている。
「あ、チョコが切れた」
ポケットを探って、立ち上がって、白いワンピースの裾をパタパタさせるけど、やっぱりチョコレートは出てこない。
「おい、視界がうるさいぞ。さっさと報告書を作成しろ」
神経質そうな眼鏡の男が厳しい口調で言葉を投げてくる。
武装探偵社の社員、国木田独歩。
理想を愛する理想人間で、太宰さんとよくコンビを組んでいるから、必然的にあたしとも一緒にいる時間が長い。
「だって、国木田、チョコがなくなっちゃったんだもん」
「国木田さんと呼べ。俺はお前より年上で社の先輩だぞ。チョコレートがなくても報告書は書けるだろう」
「書けないよ! チョコがないとやる気が出ない! 太宰さんも傍にいないから、やる気ゲージが2倍速で落ちていく!」
「だったら、乱歩さんに駄菓子を分けてもらえ」
「え? イヤだけど?」
ソファーにだらしなく腰を掛けた青年が、話を振られて即答する。
国木田と同じく武装探偵社の社員で、江戸川乱歩。
太宰さんも一目置く切れ者。乱歩さんの年齢は太宰さんや国木田より上だけど、言動や行動は幼い子どもと同じ。