第41章 深淵に咲く緋色の桜
暗い闇は、平衡感覚すら狂わせる。
地平線も見えず、己の手すら見えない闇に、血のような深紅の瞳を持つ少女が現れた。
白い肌は闇に輝き、黒く長い髪は、闇に溶けることなくなぜかはっきりと見える。
どこか幼さの残る顔立ちの少女は、黒いワンピースを着て微笑んだ。
『世界の果てを知ったよ……そして、あたしは見つけた。この世で、最も綺麗で、最も尊いもの』
「うん」
『太宰さんを誰にも傷つけられないように、太宰さんを守る強さが必要なんだよ』
「うん」
『だから、強くなりたいの。誰にも負けないくらい』
「うん」
『悔しい思いなんてしたくない。惨めな思いなんてしたくない』
「うん」
『いつか、太宰さんを殺す為にも――……』
「……うん」
『ねぇ、愛なんて知ってどうするの? そんなこと知ったって、強くならないよ』
「……うん」
『もっと戦おうよ。もっと、強い異能者と戦おう? いっぱい戦って、いっぱい勝てば、あたしはもっともっと強くなる。あたしの異能は……あたしの「櫻」は、人の血を吸って、もっともっと強くなれるよ』
「……うん」
『……どうして?』
黒いワンピースの少女が真紅の瞳を瞬かせたのは、頷いた返事に反して、その意志を読み取ることができなかったからだ。
白いワンピースが揺れた。
黒いワンピースの少女と相対する少女の着ているものだ。
白いワンピースの少女は紅い瞳を閉じて、黒いワンピースの少女を抱きしめた。
「大丈夫。分かってるよ。全部、全部分かってる。でもね――……」
今は、もう少し眠っていて。
白いワンピースの少女の中で、黒いワンピースの少女が弾ける。
深紅の光の粒子となった黒いワンピースの少女のその姿は、まるで夜桜のように輝き、そして消えた――……。
《血染桜【文豪ストレイドッグス】 完》