第40章 『はじまり』のおわり
街の美術館の一角。
夜も遅く、客はあたしと太宰さん以外にはいない。
探偵社では今頃、盛大に宴で盛り上がっていることだろう。
美術館にはたくさんの絵が掛けられている。
あたしと太宰さんは、森の木々を描いたらしい、やや暗い絵画をただぼんやり長椅子に座って眺めていた。
ただただゆったりと時間が過ぎていく。
何も言葉を交わすことなく、けれど穏やかな時間だ。
そこへ、コツリと靴を鳴らし、初老の男性が太宰さんの隣に腰を掛けた。
黒蜥蜴の百人長である、広津柳浪だ。
「変な絵だねぇ」
「絵画を理解するには、齢(よわい)の助けがいる」
不意に太宰さんが口を開けば、広津さんは渋みのある声で応えた。
「このくらいなら、私にも描けそうだ」
「君はおおよそ何でもこなすが……君が幹部執務室の壁に描いた自画像を覚えているかね?」
「あぁ。首領のところのエリスちゃんが、敵の呪いの異能と勘違いして大騒ぎ」
「あたしはあの絵、好きだったのに。そうだ! 今度、あたしの絵も描いてよ。皆に自慢するから!」
「あ、それいいね。国木田君が泡吹いて倒れる姿が目に浮かぶよ」
あたしたちは三人で肩を震わせて笑う。
一頻(しき)り笑うと、太宰さんが広津さんを呼んだ。
「例の件、助かったよ」
「あの程度で良かったのかね? 私は白鯨潜入作戦を樋口君に漏らしただけだが」
敦が白鯨で龍くんと鉢合わせた件だ。
広津さんに情報を流すよう頼んでいたのか、とあたしは納得する。
樋口……確か、龍くんの部下か後輩か。
会ったのは一度だけど、随分と龍くんを慕っている様子だった。
きっと、彼女が敦の白鯨潜入を知れば、当然その話は龍くんに伝わる。
そして、龍くんは必ず単身で乗り込んで来る。
太宰さんにはきっと、龍くんの行動や思考が手に取るように分かるだろう。