第32章 許せない男
ナオちゃんと春野さんを避難場所に送り届け、あたしと太宰さんはある地下の駐車場で人を待っていた。
敦は近くの広場で待たせている。
やがて、黒塗りの高級車が入ってきた。
そこから出てきたのは、ひょろりとした眼鏡の男。
その背後には男女2人の護衛が控えている。
体格の良い真面目そうな男と、風船ガムを噛む態度の悪い女だ。
「何年ぶりですかねぇ、太宰君。連絡を貰ったときは驚きましたよ。詞織もお元気そうで何よりです」
内務省 異能特務課 参事官補佐 坂口安吾。
マフィアの情報員をやっていたけど、4年前のあの日から、本来の職場である特務課へ戻った。
『堕落論』という異能力を持っているみたいけど、あたしはそれを使っているところを見たことはない。
太宰さんの後ろで安吾を睨みつけていると、彼はあたしから離れた。
「やぁ、安吾! 元気そうじゃあないか!」
大きく手を広げて太宰さんが安吾に近づき、すれ違いざまにその腰から銃を掏(す)ると、彼の後頭部に突きつける。
瞬間、太宰さんの瞳がおぞましいほどに黒く濁った気がした。
マフィアにいた頃と同じ色だ。
自分が向けられているわけでもないのに、あたしは背筋が凍るのを感じる。
けれど、それもすぐに解けた。
太宰さんが安吾に銃を突きつけるのと同時に、護衛の2人が動いたから。
男の銃口と女の刀がそれぞれ太宰さんに向けられる。
あたしはその動きに遅れることなく、血液の刃を護衛2人のうなじに突きつけた。
太宰さんに殺意を向けることは、それが誰であっても許さない。
「よく来たねぇ、安吾。どうして思ったんだい? 私が君をもう許していると」
「マフィアを抜けたあなたたちの経歴を洗浄したのは僕ですよ。借りがあるのはあなたたちの方では?」
異常な状況下の中で、2人は普通に会話している。