第30章 その存在は神に似て
「……確かに、探偵社には道徳観がある。でも、ボクにとってナオミは……違うンだ。道徳とか悪、モラルやエゴ、そういうのより次元が上で、比べられない」
谷崎がうわ言のように紡ぐ言葉に、あたしの中の太宰さんの存在が重なった。
あたしだって太宰さんと比べられるものを知らない。
だって、比べられないから。
もし、捕らわれたのが太宰さんで、太宰さんが監禁や拷問を受けるかもしれないとしたら?
あたしだったら、どんな手段を使ったって、目の前の男たちを殺す。
それこそ、谷崎の言う通り、モラルもエゴも関係なく。
非人道的だと罵られたって。
そうか。
あたしにとって太宰さんは――。
「たとえるなら、誰も神と何かを比べたりしない。そうだろ?」
谷崎が問う形で発した言葉に、あたしは無意識に口角を上げていた。
あたしの中で、太宰さんの存在が明確になる。
不意に、視界に入ったトラックが、明らかに車線を外れて近づいていた。
目を凝らして見れば、『細雪』が空間に降り注いでいる。
「まさか……っ!?」
小柄な男が驚愕に声を上げる。
谷崎の異能で、あたしたちがいる方向を進行方向だと勘違いしたトラックが迫った。
――もしも。
「それがナオミの為なら」
それが太宰さんの為なら。
「ボクは喜んで世界を焼く!」
あたしは喜んで世界を焼くだろう。
「ラヴクラフト! ……っ!?」
回避行動を取ろうとしたのだろう。
けれど、あたしはそれを許さなかった。
なけなしの意識を繋いで、あたしは血だまりを作っている自分の血液を伸ばし、2人の足を地面に縫いつける。
間もなく、トラックは勢いを殺すことなくあたしたちと衝突した。
トラックに巻き込まれたことで、あたしたちはラヴクラフトの異能から解放され、同時に小柄な男から伸びていた樹木も切れ、異能が解除された。