第28章 少女の心が震える理由
「だって、あんなに『納得できない』って言っていたのに、急に……」
そこまで言うと、太宰さんは「そのことか」と言って歩き出した。
それに合わせて、僕も彼の隣を歩く。
「大丈夫だよ。詞織は、私の命令には絶対に従うから」
「いや、そうじゃなくて……」
拠点を守ると詞織さんは言っていたし、任務を放り出す心配はしていない。
それが顔に出ていたのか、太宰さんは小さく笑う。
「何が心配なのかは分かっているよ」
信号が赤になり、僕らは足を止めた。
冷たい風が、太宰さんのコートを翻す。
「まぁ、昔の名残りとでも言えばいいのかな」
「マフィア時代の、ですか?」
無意識に小声になったのは、周囲を気にしてのことだ。
最近知った、探偵社七不思議の一つ、『太宰さんと詞織さんの前職』の答え。
信号機を見つめる太宰さんからは、その感情を窺うことはできなかった。
「マフィアはガッチガチの縦社会だからね。上司に逆らえば命はない。まぁ、詞織の場合はそれだけじゃないけど」
太宰さんを慕っているから?
それとも、太宰さんを信じているから?
そのどちらでもないような、そんな気がした。
「詞織さんは、どうしてマフィアに?」
「マフィアの私が拾ったからだね」
拾った、とまるで犬や猫みたいな表現だ。
しかし、そういう世界なのかもしれない、と心のどこかで割り切る。
「詞織の心の半分はまだマフィアにある。本人は『良い人間』に拘っているようだけど、頭と心は別だからね。頭では『人助け』を、心では『戦い』を求めているんだ」
「そんな……」
頭と心で、全く別のものを求めているなんて。
それがどれだけ苦しいことなのか、僕には想像もつかない。
「まぁ、大丈夫だよ。詞織の居場所なんて、どこを探しても私の傍しかないのだから。もしも『あちら側』に戻りそうになったら、止めればいいだけだし」
そもそも、そんなことにはならないから。
そう、太宰さんは断言した。
「そうですよね」
詞織さんが元マフィアで、どれだけの命を奪っていようと、そんなことは関係ない。
今は探偵社の社員で、誰かを助けたり、守ったりすることに必死になれる、優しい子なのだから。