第28章 少女の心が震える理由
「調査員は全員社屋を出て、旧晩香堂に集合せよ」
あたしは社長からのその指令を国木田から聞いた。
なんでも、会社を設立するより以前、社長はそこを拠点にしていたらしい。
拠点を隠さなければ、数で勝る敵に押し潰されてしまう。
そして、その旧晩香堂は限られた人間しか知らない場所なのだということだった。
* * *
旧晩香堂は地下に造られた建物で、どこか荘厳な雰囲気の場所だった。
際立った装飾があるわけでも、構造に特別な何かがあるわけでもない。
前方に大きな黒板と教壇があり、通路を挟んで左右に長い机と椅子。
造りは木造、机や椅子も木でできており、何となく寺子屋みたいだ。
黒板の上には、教訓が掛けられている。
曰く――。
『義理をかく
人情をかく
恥をかく
夏目漱石』
少し、意味が分からない。
恥をかくのは悪いことだから、『この3つはやっちゃダメだよ』って言ってるのかな?
社長が来るのを待っている間、太宰さんと国木田、敦、谷崎はデータを整理しながら、今後の作戦について話し合っていた。
与謝野先生もパイプ椅子に座って、時折意見を口にしている。
乱歩さんと賢治とあたしは不参加。
とりあえず話は聞いているけど、あたしと賢治は、口にできるだけの意見を持っていない。
乱歩さんは別だけど……。
持てるだけ持ってきたチョコレートを頬張りながらちらりと窺うと、乱歩さんは退屈そうに欠伸をしていた。
「…………」
太宰さんと乱歩さんが組めば、組合(ギルド)にもマフィアにも負けない作戦が立つと思うんだけど。
そんなことを考えていると、足音が階段から下りてくる。
「社長」
下りてきた人物を、誰かが呼んだ。
旧晩香堂へ下り立った社長に、太宰さんたちは席へつく。
社長は閉じた目をゆっくりと開き、腹に響くような、けれど静かな声で言葉を紡いだ。
「皆、聞け」
その一声で、空気がピンッと研ぎ澄まされる。
震える糸が振動を伝えるように、どこか緊張した空気だった。
「かつて、3日か2日前には、戦争を免れる道はあった。しかし、その道は今や閉ざされ、社を潰そうとするマフィア、社の簒奪(さんだつ)を目論む組合より、探偵社を守らねばならぬ」
そう言いながら、社長は一歩ずつ足を進め、教壇に立つ。