第26章 少女のいた世界
いつも黒い服を着ていた太宰さんの部下……というか、マフィアの構成員。
太宰さんが指示を出して、あたしから指示を出すことなんてないし、頼むこともないし、話すことなんて何一つとしてなかったから、口を利いたことは一度もなかった。
向こうも太宰さんの指示を仰ぐ必要があっても、あたしに何かを尋ねることなんてないし……。
「其方が話す相手は常に決まっておった。わっち、鴎外殿、中也、芥川、他ほんの一握りの人間」
分かるかぇ?
そう言って、姐さまはあたしを解放し、正面から見据える。
「其方の世界は、常に太宰に管理されておったということじゃ。不必要に其方に関われば最後。そうポートマフィアでは一つの噂が流れておった」
実際、その噂を確かめようとあたしに話しかけた者もいた。
あたしは覚えてないけれど。
けれど、その人は次の日に殺された。
あたしが太宰さんの命を受け、裏切り者として断罪したらしい。
もちろん、そのことも覚えていない。
太宰さんの部下の中には、マフィアを裏切っている人間が常に何人かいた。
太宰さんはそんな裏切り者を仕事に利用することもあり、首領も了承済みのことだ。
そういえば、たまに「無実だ」、「自分は嵌められたんだ」って訴える人もいたっけ?
あたしには関係なかったから無視したけど。
「詞織、もう一度言うぞ。太宰は止めておけ。今ならまだ間に合う。そもそも……」
そのとき、ガチャリとドアを開く音が、姐さまの言葉を遮った。
「そこまでにしてもらおうか、姐さん」
「太宰さん……」
その人物を認めて、あたしは無意識に身体の緊張が抜ける。
「おいで、詞織」
太宰さんの命令。
そう認識したあたしの身体は、あたしが脳に命令を送るより早く動き、彼の元へと移動する。
「少し外で待ってて」
「はい、太宰さん」
あたしは彼の命令に従い、部屋のドアを開けた。
室外へ踏み出し、あたしは姐さまを見る。
心配そうにあたしを見るその瞳から視線を逸らせずにいると、太宰さんが促すようにあたしを呼んだ。
「詞織」
「はい」
あたしは頷いて、今度こそドアを閉めた。