第19章 少女の「好き」と彼の「好き」
太宰さんと寮に戻ったときには、陽はとっくに沈み、月が地上を照らしていた。
自炊は得意だ。
太宰さんはほとんど料理をしないから。
マフィア時代から、料理はあたしの担当。
味付けが下手で、料理を焦がしてしまっていた頃も、太宰さんは「不味い」と言いながら全部食べてくれていた。
それが嬉しいのと申し訳ないので、あたしは一生懸命練習したのだ。
今では、食べられるくらいには上達した。
太宰さんは毎日、あたしの部屋でご飯を食べる。
その後、しばらくすると帰ってしまって、それからは知らない。
飲みに行ったり、女の人のところに行ったりしてるんだと思う。
「じゃあ、私は帰るよ」
傷の手当てをし、食事を終えた太宰さんは立ち上がった。
「え、もう帰っちゃうの?」
食器を洗っていたあたしは、手についていた泡を洗い流し、靴を履こうとする太宰さんの元へ行く。
「もうって、いつもこれくらいの時間だろう?」
「そう……かな……?」
そう、だろうか。
何だろう。
いつもは感じない『何か』が、胸の奥にわだかまっている。
その『何か』が分からないのが、堪らなく不快だ。
「……どこに行くの? お酒、飲みに行くの?」
「そうだねぇ。マフィアに捕まったせいで、約束を反故にしてしまった女性がいるからね。彼女のところに行っておこうかな?」
女の人のところ?
じゃあね、と手を上げる太宰さんのコートを、あたしは無意識に掴んでいた。
「……何だい?」
無意識のことで、自分でもなぜこんなことをしているのか分からない。
理由を聞かれたところで、答えられるわけもなかった。
でも、あたしはどうにかして太宰さんを引き留めたいと思っている。
「言ってくれなければ分からないよ」
太宰さんはそう言うけど、本当は分かっているのではないだろうか。
あたしが知らない、あたしの心の中まで……。
「……い、行かないで……」
「どうして?」
「行ってほしく、ない……」
「何で?」
そんなことが分かるなら、こんな気持ちになってない。
あたしは太宰さんを見上げる。
そこには、感情の読めない瞳であたしを見下ろす太宰さんがいた。