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血染櫻【文豪ストレイドッグス】

第3章 月夜に微笑む少年


 けれど、少年の胸に触れた瞬間、あたしの血は霧散する。

「……え……?」

 どうして?

 あたしはもう一度血を使って少年を攻撃した。
 今度は首を狙う。
 でも、結果は同じ。
 少年に触れた瞬間にあたしの血は消える。
 何度も、何度も試してみた。
 頭、腕、胴、足……それなのに、傷一つつけることすらできない。

「何で……」

「異能力――『人間失格』。私の異能力は、『あらゆる他の能力を触れただけで無効化する』」

「イノウ……あの男も言ってた」

 そう言って、あたしは顔に傷のある男の死体を見る。

「そうだね。君も異能者だ」

 とうとう、少年はあたしの前に立った。

「綺麗な目だね」

 唐突に、少年はそう言ってあたしの髪を耳に掛ける。

「両親は嫌いだって言った。あたしの目、気味が悪いって。血みたいだって」

「それは、君の両親の目が悪かったんだ。君の瞳は、まるで紅玉石(ルビー)のように輝いている」

 それは、あなたの目が悪いのでは?
 そう思ったけど、あたしは何も言わなかった。

「……私と来る気はあるかい?」

「……どうして?」

 突然の誘いに、あたしは今度こそ困惑する。

「小さな子どもが独りで生きていけるほど、世間は甘くない。けれど、私なら君を生かすことができる」

 死にたくないのだろう?

 少年はあたしに手を差し出した。

「殺さないの?」

「その予定だったのだけど、君は異能者だ。それも素質があり、我々ポートマフィアにとって利用価値がある」

 それは裏を返せば、異能力者でなく、また素質もなければ、殺されていたということだ。

 運が、良いのだろうか……?

「あなたの手を取れば、あたしは生きていられるの?」

「あぁ。優しい世界ではないけれどね。君の探す『綺麗な世界』とは縁遠い場所だ」

「でも、探せばあるかもしれない?」

「確かめてみればいいさ。君のその、紅い瞳で」

 あたしは少年の手を取った。

「名前は?」

 今度は素直に答える。
 すると少年は「良い名前だ」と言ってくれた。

「私の名は太宰治。港湾都市ヨコハマを縄張りとする、ポートマフィアの一隅。――ようこそ、黒の世界へ……櫻城詞織」

 静かなる月夜。少年はそう言って私に微笑んだ。
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