第1章 *
「格好悪くたっていいんです。それが三条宗近なんだから。さ、肩の力抜いて!リラックスリラックス!」
パンパンと両肩を叩かれて、にっこり笑う彼女。
毒気を抜かれてぽかんとしたあとに、ああ俺はこれが欲しかったのだと、この言葉が欲しかったのだと気付いた。そのまま俺の頬をつまんで「頬を抓ってもイケメンが崩れないなんて世の中不公平だ…」などと絶望しているので、あまりの真剣さに軽くふき出すと彼女をぱっと表情を明るくした。
「それです!三条さん、その笑顔!それです!私が求めてたのはそれだ!!」
「それと言われてもな…おぬしの言動に咄嗟に零れたものだから、意図的には出来んぞ?」
「む、たしかに。あ、じゃあ次は私が何か喋りながらシャッター押すので、会話しながら撮りましょ!」
「その方がリラックスできるでしょ!」そう言って腕まくりしてカメラを持ち直した彼女に、零れる笑みが消えないまま俺はまた同じ立ち位置に立った。違うのは、カメラマンと会話があること。そして、驚くほど自然体でいられたこと。撮られているという意識がどこかへ行ってしまう程、俺は彼女との会話に夢中になっていた。話している内容に特別なものはない。日常の、ありきたりな、他愛のない内容だった。でもその時の俺には何にも代えられない宝物のような時間で、ずっとこの空間が続けば良いのにとさえ思った。
「お疲れ様でしたー!」
撮影を終えて、俺はその日は事務所へと戻らず自宅へ直帰した。あの女性カメラマンには自分でもびっくりなほどアピールをしまくって連絡先をゲットしたため、ほくほくだった。最近稀に見る浮かれ具合で家の鍵を開ければ、そこはいつもと変わらない真っ暗な部屋だ。パチンと電気をつけて、ソファへと身を投げ出す。何ひとつ変わらない。朝出て行ったそのままの部屋だ。けれど。