第4章 魔術師
「じゃ、帰るわ」
ジャケットをクローゼットに戻し
カーディガンを羽織る
「おう。お疲れさん」
マンションを出てポケットからスマホを取り出すと
着信が3件と…山のような量のメール受信履歴
いつもの事だ。溜息も出ない
もう寝てるかもしれないけど一応返事は返しておかなくちゃ、明日の朝が大変だ
貴重な睡眠時間を削がれるよりは…
“仕事、今終わったよ”
送り返した3秒後にスマホが震えた
「もしもし、母さ…」
『智?! ご飯は食べた?! 終電間に合うの?!』
「あぁ… ちゃんと食べたし終電にも間に合うから、」
『だから車の免許取りなさいって何度も言ってるのに…
そんな不規則な仕事辞めて帰って来たらどうなの?
智の為に言ってるのよ?』
「ごめんね、心配かけて。
でも俺、今の派遣の仕事が性に合ってるんだよ」
『ホントに貴方は自由人なんだから…
母さん心配よ』
「次の休みにはちゃんと帰るから」
『本当なのね?
智の好きなお刺身、たくさん用意しておくから』
なんとか説得して電話を切った
…俺は、生モノは嫌いだ
車の免許だって持ってる
“智”でも無い
でもあの日から…
母さんの中で俺は“智”なんだ
智
10年前
俺のせいで死んでしまった、実の兄の名前