第14章 皇帝
一歩、また一歩と実家の門へと近付き
呼吸を整え、震える指で解錠した
「お帰りなさい、智」
「…ただいま、母さん」
数ヶ月ぶりに会う母さんは
なんだか少しやつれた様な気がする
「智の好きなロイヤルミルクティー、淹れるわね」
「…いや、珈琲がいいな。ブラックで」
そう言った途端
さっきまでの笑顔がスッと消えた
そりゃそうだよ
“智”は珈琲が苦手なんだから
ブラックなんて有り得ないんだから
「あら、ちょっと顔見せない間に味覚まで大人になったのかしら?」
強張った笑みを浮かべ、わざと茶化すように言った後
母さんは逃げるようにキッチンへと入っていった
「今朝突然顔出すなんて言うから、お昼ご飯何も用意してないわ。
そうだ、お寿司でも取ろうかしら? 智の好きな ――」
「母さん、」
言わなきゃ
「俺、」
言わなきゃ
「俺、和也だよ」
紅茶を乗せたトレーがカタカタと音を立てる
どうしてそんなに震えてるの
何を怖がってるの
「母さん、」
「さと…、」
「俺は和也だよ
母さん、もう…お芝居は終わりにしよう…?」
ガシャンと音を立てて割れたティーカップ
紅茶の色が、絨毯に濃い染みを作っていく
耳を塞いでその場に蹲り、小さく震える母さんの背中は
頼りないくらい
小さく
小さく見えた