第182章 〜後日談〜lost property〜
大きな瞳から伝う、一筋の光。
だから、女は嫌なんだよ。
劇の本番前にどうすんだ。
俺は頭をガシガシ掻きながら、そんなこと考える余裕はある癖に……
俯くひまりにかける言葉は、何一つ浮かばねぇ。
栗色の髪は一つに結ばれ、金色のカチューシャを差し、赤いドレスを纏って涙を流す姿は……
まさに悲劇のヒロイン、ジュリエット。
(……ばかか俺は。コイツに感情ぶつけて。……何、やってんだ)
クラスの奴らが、
「もうすぐ、本番だー!」
「二人とも、頑張ってね!」
背後から、声をかける。
すると、ひまりは涙を手で拭きゆっくり顔を上げた。
「ゆ、きが。愛を誓うシーンの、とこ……いつも言いづらそうだったから。家康に……相手役が私だから、嫌なのかな……って相談したの」
そしたら、そのシーンだけ練習に付き合ってくれて。
ひまりは、そのまま話し続け。
「手を差し伸べながら、小さい声で……『嫌なんじゃなくて、照れ臭いだけ』…だって。自分も言ってみてそう思ったからって……」
言ってくれたの。
あの時はついムキになって推薦したが、本当は凄く迷惑をかけたんじゃないか。本当は自分が相手で、凄く嫌な想いをさせたんじゃないかと……少し不安があったとひまりは、話した。
ドレスをクシャッと握りしめた手が、微かに震えてんのが見えた。
(……ったく。素直すぎだろ)
こうなってくると、完全に俺が悪い。引っ越しなんて大したことじゃねー。ずっと、気楽にそう思いながら……
心のどっかで、ひまりと家康と離れんのが嫌な自分が居たのかも、な。
それと……
気づけばひまりの手を引き、頬を包み込み……
「……ん、な顔。すんじゃねー。早く、笑え。あのシーンはアドリブでやってるからよ」
「ア……ドリブ?」
「俺のロミオ見せてやる」
まるで鏡のように澄んだ瞳が揺れ、ふわりと目の前で花が咲く。
俺の中で、
何かが育ち始めた瞬間だった。