第29章 月見ず月(1)
「一年の最後らへんに、完成したら行きたいって言っただろ?市外の水族館」
そう言えば、教室で一時期友達と騒いでた事を思い出す。
うん。と私が頷くと、
「知り合いからチケット二枚貰ってさ。良かったら、ゴールデンウィーク一緒に行かないか?」
(え…?でも、家康と行く約束してて)
今のままじゃ
行けないかも知れない。
けど、先に約束してるしまだ断ってもいないのに、お誘いを受ける訳にはいかない。
そう思って、それと無くお断りしたんだけど。
イルカショーの観覧席付きで、なかなか手に入らないチケットだからと、半ば強引にチケットを押し付けられそうになって……
「え、えっと…実は…っ!」
正直に先約がある事を
話そうとした時、
「悪いけど……」
ふわっと身体が後ろに引っ張られて、
トンと背中に固い感触がぶつかった。
「……そこ。俺が先約してあるから」
ひまりに。
(家康……)
「と、徳川!……そ、そうか!なら、残念だな」
他のやつ誘うわ!と言って、男の子はそそくさと立ち去ってしまい。
「……しつこそうだったから。別に無理して行かなくて良い」
どうして、
そんな悲しそうな声で言うの……。
ゆっくり首だけ後ろに向ける。
すると腰に回された腕が
スルリと解かれ、私が顔を上げる前に
……家康は教室の中に、戻って行く。
口数は少ない言葉。
でも、十分伝わる。
ーーしつこそうだったから。
(私が、困ってたから……)
助けてくれたんだ。
ーー別に無理して行かなくていい。
(その上、今の私の気持ちまで考えてくれた)
……胸が軋む。
見えない道をずっと走ってるみたいな、空虚感。
今朝歩いた、一人の通学路。
ちょっと淋しくて……
実は、何度も振り返っていた。
家康はいつも私の、
一歩前を歩いていたのにね。
変だよね。