第161章 涙色の答案用紙(25)修学旅行編
「そ、そんな大切なモノ…っ!!」
「まるで、これはひまりちゃんに着て貰う為に、譲り受けた気がしてねぇ」
え??
私はキョトンとして、目を大きく開く。つつじさんの話では、この着物(小袖)は、ご主人の古い友人。歴史ある呉服店を営んでいる方から、譲り受けたモノみたい。
「昨夜、急に尋ねてきてくれたんだよ。跡取りだった息子さんが上京して、向こうで商売を始めたからと。店を近々、閉めるみたいでねぇ」
つつじさんは私の着付けが終わると、ポンッと優しく帯を押して鏡の前まで連れて行くと……
よく似合うよ。と、言って心が温まるような笑みを鏡越しに見せてくれる。
私はお礼を言って振り返ると、ふと棚の上にあのオルゴールを見つけて……
近づく。
蒸気時計の止まった針。
それが何だか悲しく見えて、目を逸らすとつつじさんはそれに気づいて、棚からオルゴールを下ろした。
「このオルゴールが鳴らなくなってから、何かがぽっかり空いたように思えてねぇ。でも、ひまりちゃん達を見ていたらようやく、気付いたんだよ」
「え?私達を見て?」
「……ずっと、後悔していたよ。想いを伝えなかったことに。想いを聞かなかったことに。あの時は、明日には言おう、いつか聞こう……毎日、そう思っていたからねぇ」
つつじさん……
弱々しく私が名前を呼ぶと……
「時計の針は確かに止まっているけどねぇ、動いているんだよ。今も」
『明日』になれば、『今』この瞬間が『思い出』や、過去になる。
『今』そう思った時が、本当の『今』なんだと……つつじさんは私達を見て、その事に気づいたと。
「後悔するぐらいならねぇ。『今』を大事にすれば良いと、眩しい二人を見て思ったんだよ」
その言葉は、私の奥深くまで入り込んだ。