第145章 涙色の答案用紙(9)天音ちゃんside
全身に降り注ぐ雨。
一瞬だけ窓を見る……
さっきまで電気が点いていた部屋。
今は、カーテンが閉められていて……
もう、ひまりちゃんの姿は消えていた。
「あの時、俺が自分で…渡していたら」
何か変わって……。
いっちゃんの
独り言のような声。
私を責めないで、自分を責める言葉。
(さっき聞いたんだ)
雨音が強まる前に微かに聞こえた、
おばさんといっちゃんの会話。
目を閉じて鮮明に思い出す。
退院の日の朝。
荷物が整理されガランとした病室。その中で両親が来るのをただ待つ私の元に、いっちゃんはおじさんと一緒に会いに来てくれた。
ーー俺、塾で見送り来れないから。
ーーだからわざわざ、朝に来てくれたの?
いっちゃんは頷くと背負っていた、
落ち着いた色味のランドセルを下ろす。
普通の男の子ならもう、ボロボロでもおかしくない。でも、いっちゃんは大事に使っているのか傷が少なくて、まだ黒緑色の革にはツヤが残っていた。
ーー……コレ。渡すの遅くなった。
差し出された二通の封筒。
私が好きな黄色と
ひまりちゃんが好きなピンク色。
ーー何で?二つ?
ーーひまりに、渡しといて。
不思議だった。
いつでも会えるひまりちゃんの分を何で私に預けたのかが。
でも、ぽりぽり頬を掻いて目をキョロキョロさせるいっちゃんを見て……何となく、中身が気になった私は後からこっそり見てしまった。
そして……
お昼過ぎに、
ひまりちゃんが見送りに来てくれた時。
ーーあのね!この前、クッキー作りの時にしてた話なんだけどね!キラキラ見えるのは、初恋なんだって!
ひまりちゃんは少しはにかんで、
可愛く頬を包んだ。
二人が遠い存在なる気がして。
ーーこっちの黄色がひまりちゃん。私がピンクの方みたい。
中身を見た癖に、
態とらしく私ははしゃぎ声をあげて……
ーーひまりちゃん。私の方には!大切な女の子だって!
ーーえっと!私の方は……大切な幼馴染…って!
一瞬、消えた笑顔。
でも、すぐに戻った笑顔。