第145章 涙色の答案用紙(9)天音ちゃんside
隠れんぼしたあの日。
いっちゃんはひまりちゃんではないことを、すぐに見抜いた。
(この香りなら……)
私は校舎裏から裏庭に回る。
すると、本を顔に被せて寝ているいっちゃんを見て、あの時みたいにそっと忍び寄ると……
しゃがみこむ。
目を開けていたら、すぐにバレてしまう。でも、いっちゃんはよく狸寝入りをして病院の庭で、ひまりちゃんを驚かせていたのを病室の窓から見ていた私。
今日、ここで二人が大事な何かをするのは、雰囲気でわかっている。
(七年間。私の時間はゆっくりと止まりだしていた……)
学校も普通に通っていた。
普通に友達も出来た。
新しい環境も、二人がくれた数々の想い出が支えてくれて少しずつ馴染むことが出来た。
でも……
でも、ばっかりでごめんなさい。
病状がまた悪化をし始めて……
病院が通いの回数が増えて……
気づいたらまた、
日めくりカレンダーの日付を見て……
「また、今日がくる」
嬉しいのに。
不安になる。
逆戻りを始めた心の時計。
あの日に戻りたい。
あの日をやり直したい。
そして、
「今」は
ひまりちゃんになりたい。
震える手。
そっと、いっちゃんの顔から本を取る。
古い本。
表紙には何にも書いてない。
ただ……
ハートの栞が挟んであるのを見て、
静かに閉じて地面の上に置いた時。
ふわっと風が吹く。
「ひまり」
どうして、この場所が二人の想い出の場所なのかは知らない。
私といっちゃんの想い出の場所は……病院の庭だったから。
伸びてくる手。
近づくいっちゃんの顔に……
自分は今。
ひまりちゃんだと、言い聞かせて……。
そっと、目を閉じた。