第144章 涙色の答案用紙(8)※小学生時代
もうすぐお別れ。
今まで何度も思ったけど、この夏休みは今までで一番、終わって欲しくない。
「なら、クッキー作って渡さない?このプロフィール帳をいっちゃんに」
「食べ物付きなら書いてくれるかな?それなら唐辛子いっぱい入れて、クッキー作らないとね!」
二人で赤色のクッキーを想像する。
静かな病室に響いた笑い声。
また大きくなった時に会えるように。
繋がっていられるように。
プロフィール帳はそんな想いもあった。
それから暫くして___
「手洗い済ました人から、材料取りに来なさーい」
月に一度開かれる交流会。
小さい子から中学生の入院患者さん達が、ぞくぞくと集まっていた。
私はお気に入りのピンク色のエプロンを付けて、手を洗う。
「あ!おじさん!」
「ひまりちゃん。来てくれたんだね」
「うん!頑張って作って!後で家康にあげようと思って!」
調理室の中に入って来たおじさんに駆け寄り、私と天音ちゃんは「ねー」と、顔を合わせながら笑顔を浮かべる。するとおじさんは「きっと喜ぶよ」って、私の頭を優しく撫でてくれた。
家康よりずっとずっと背が高くて、スラッと伸びた長い脚。白衣姿が本当に格好良くて、優しくて患者さんにも大人気の先生。
私達はクッキーの材料を混ぜながら、一人一人に何か声をかけているおじさんの背中を見ていた。
「いっちゃんも、いつか先生みたいに……」
「ね!小さい頃はお医者さんになる!って口癖だったから!」
今でも時々、医学書って書いてある難しい本!よく読んでるしね。まん丸い卵。
それをボウルの角を使って、
私はカツンと割る。
「……お医者さんになったら、私の病気治してくれるかな?」
泡立て器でバターと卵を混ぜていた、天音ちゃんの手。それが急に止まる。
ん???
周りにいた小さな子たちがはしゃぐ声で、天音ちゃんの言葉が聞き取れなかった私。