第121章 夏の大三角(22)大会編
さっきまで、誰もいなかった待合室。
でも今はそこに、おじさんと家康が居て……。
「え……先生と帰って……」
急に走ってきた私を見て、
家康は驚いたように目を白黒させる。
私が涙をゴシゴシ拭きながら、
勢い良く首を振ると。
「後で、打ち上げ場所まで送ってくよ。まだ少し仕事があるから。……待って居てくれ」
おじさんは柔らかい声で、そう言ってそっと私の頭に手を置く。きっと泣いてたから……。気を利かせてくれたのかもしれない。
おじさんはスルリと手を離して、私の隣をすり抜け……
エレベーターがある奥の廊下へと、歩いて行った。
床に響く足音が消えて、
待合室には私達、二人だけに。
すると、家康の手が視界に入って……
「何で、泣い……っ!」
トンッ……。
私はその中に滑り込むように、抱き着いた。
「ばかっ!ばかぁ……」
口に出したい言葉がいっぱいあり過ぎて、完全に八つ当たり。
(違うのに……っ)
本当は、いっぱいあるんだよ……
言いたいこと。
怒りたいこと。
聞きたいこと。
知りたいこと。
優勝おめでとう!
って、笑顔で言いたい。
失明してたらどうするの!
って、口尖らせたい。
何でそんなに無理したの?
って、聞きたい。
家康の気持ち、いっぱい知りたい。
なのに……
「何か、わかんないけど。まぁ……待っててくれたみたいだし。バカって言われても」
嬉しいから良いけど。
おじさんと良く似た声。
でも違う。
私の大好きな……
幼馴染で……
男の子の声。
背中に回る腕。
「ってかバカは俺じゃなくて。……ひまりの方」
表彰式すっぽかして付き添いとか。
打ち上げ始まるのに戻ってないとか。
こんなに瞼腫らしてまで……
「まさか、俺の所為で泣いてるとか。言わないでよ」
ひまりこそ、眼科行ったら?
意地悪。
でも………。
本当はまだ、くっ付いていたいけど……
少しだけ、隙間を作る。
私達の距離はまだ、きっと……
コレぐらい必要だから。