第121章 夏の大三角(22)大会編
会場から車で二十分。
街中にある、大きな病院。
事前に電話予約もせず突然来て、
外来時間が終了しているのにも関わらず、診て貰えたのは……
「すいません。
息子がご迷惑をお掛けして」
この病院を経営しているのが、家康のお父さんだから。院長でもあるおじさんは、深々と織田先生に頭を下げた。
「今日の当直医が眼科の者でして。今、診察が終わり目を洗浄している所です」
「容態は?」
「炎症はしていますが、特に問題はないと言っております。息子もすぐに洗い流したようですし。……ただ、殺虫剤の中に含まれる有効成分が、刺激性の強いものだったようで」
その所為で、長時間痛みが続いたのではないかと。おじさんは話す。
「本人は、たまたま掛かっただけだと。その一点張りだ。恐らく、警察沙汰になるのを避けている……」
「医師の立場ですと何とも言えませんが、親の立場から言わせて頂きますと、息子の一存に任せます」
大人の会話に口を挟んではいけないと思い、今まで静かに聞いていた私はその言葉に、ついおじさんの白衣を掴んで……
「でも……っ!でも、もしかしたら失明してたかもしれないのに…っ!」
「ひまりちゃんも、家康の性格は知っているだろう?言い出したら聞かない」
おじさんはそう言って、
柔らかい笑みを浮かべる。
普段凛々しい顔つきとは打って変わって、その表情の中に家康の面影が見えた気がした。私は、折角優勝したのに喜ぶ暇も、表彰式にも出れなかった事を話すと……
「こうしてひまりちゃんが、心配して付き添って来てくれたんだ。それだけで、嬉しいはずさ」
まるで、家康本人に言われているみたい。そんな錯覚を起こして……
だからそれ以上は、何も言えなかった。私は唇をぎゅっと噛みしめ、握っていた白衣を離す。
それから、おじさんは勤務に戻って。
先生は、電話を掛けてくると言って……
「六時前には、ここを出る。それまでに来なければ、置いていくぞ」
私が小さく頷くと、
先生は出口に向かって歩いて行った。