第102章 前章あとがき
秘湯の帰り道。
星空の下。
ゆらゆら揺れて。
家康の直接の肌を感じながら、
私は瞳を瞼を落とす。
服のままお湯に入ったから、
Tシャツはずぶ濡れ。
上半身裸のまま、
湯あたりした私を負ぶって、
暗い山道を歩いてくれる。
先生は、秘湯を愉しむと言ってとっくりと盃を片手に、夏の虫の声に耳を澄まして私達に帰るように指示した。
「家康の背中……おっきい……」
高校受験前。
二人で勉強した
図書館の帰り道を思い出す。
ーー……ひまり。高校合格したら……。
ーー合格したら?
ーーやっぱ、何もない。
あの言葉の続きが無性に、
聞きたくなった。
「高校に合格したら……。あの後、何て言おうとしたの?」
何の前置きもなく、私はただそう聞いた。
(もしかしたら忘れてるかもしれない)
あんな些細な出来事。
覚えていないかもしれない。
でも、知りたい。
何の話?って言われても……
あの時の家康に
無性に逢いたくなった。
「……本当は、高校に合格したらじゃなくて。中学卒業したら、って言うつもりだった」
ちゃんと覚えてくれていた。
それだけでも充分嬉しい。
でも……
家康の足は止まらない。
あの時みたいに、
下り坂をゆっくり降りながら……
ただ前を向いて歩く。
「卒業したら?」
もう、卒業したよ?
痺れを切らしたように、聞いてみた。
「……………」
でも、家康は固く口を閉ざしたように、呼吸さえも余りせず黙り込んだまま。