第96章 夏の大三角(5)
信長の声が響く。
そして、
一斉に駆け出した二人。
両者一歩も譲らず接戦を繰り広げる中、何をそんなに真剣にと周りは思いつつ、
ダダダダダッ……
凄い速さで床の板を蹴り、雑巾を滑らし、かつてそこまで二人の真剣な掃除姿を見た者は居ただろうか?
いや、居ない。
五往復目のターンをした頃。
(何これ……っ!きっつ!)
顔は平然としながら少しでも気を抜けば、足がもつれペースダウンが免れない所まで来ていた家康。
(普段の乱れた私生活の罰、でしょうか……っ)
三成も限界は近い。
しかし、とっておきの策が残してある分、心に余裕があり最後の一往復まで粘る。
雑巾掛けは侮れない。
しかし、利点はある。
下半身強化、体幹バランス、己の手で清める心の効果。
信長はそれを理解した上で、到着早々言い渡していた。十往復するだけでも辛いトレーニング。
それを一心不乱にペースを下げずやり遂げるには、強い精神力が必要。
それを見ていた周りの部員も徐々に熱意が伝わり、感化されたように盛り上がりを見せる。
「ってか、二人とも何か色っぽくない?///」
「ほんと///なんかフェロモンダダ漏れみたいな」
真夏の昼間。
熱戦でほとばしる汗は胴着を濡らし、肌が透け出す。額から流れる雫はてらてら光り頬、顎へと伝い……薄っすら開いた胸元に落ちる。
色男二人が頬を上気させ荒い息づかいまで零れ出し、女子部員はもうドキドキが止まらない。
きやぁきゃぁと騒ぐ中。
(家康……。大丈夫かな……)
長い月日を共に過ごしてきたひまりは、心配そうに見つめていた。
表情は至って普通に見えても、微かに一瞬下げた眉一つで、家康の苦痛を感じ取っていたのだ。
好意に気付かなくとも、
そういう部分だけは敏感に働く。
そして、遂に最後の一往復。
届くはずがないひまりの想いが、まるで伝わったかのように、ラストスパートを見せた家康。
三成より半歩分、身体が前に出た。