第92章 夏の大三角(1)
蝉の声。
喧嘩しているみたいに鳴いている。
そんな
蒸し暑い日の午前中。
素足で歩いたら間違いなく火傷するような、コンクリート地面を歩きながら一人学園に向かって歩いていた。
夏休み。
学生の頃なら、
誰しも楽しみにして
浮きだった日だと思う。
長いようであっという間に過ぎ去る……
そんな長期休暇。
でもやっぱりまだ七月の今は、カレンダーに書き込まれたスケジュールを見て、心を踊らせ指折り数えて、ワクワクして……。
(まだ、こんなにも休みがある!)
って、幸せな気分に浸れるのに。
「……やれ」
目の前に積まれた、プリント課題。
私の反応を見て向かい合わせに座り、
ニヤリと口角を上げた織田先生。
「間違える度、ゆっくりと一枚ずつ剥いでやる。……最後は、解ってるだろう、な?」
「わかりません///!」
私はそう叫び、
筆箱からシャーペンを取り出す。
先生は喉の奥で笑いながら、何かの資料に視線を落とした。クーラーの効いた涼しい部屋。でも、私が冷気が苦手なのを知っている先生は、程よい温度で設定してくれている。
(先生の優しさは、いつもさり気ない)
そう言う所。
ちょっと、家康と似てる。
「……先生はどうして、教師になろうと思ったんですか?」
前からずっと聞こうと思って、
聞きそびれていた素朴な疑問。
今なら聞ける気がした。
「理由などない。たまたま、自分の名が織田信長だったからだ」
どういう意味だろう?
一旦解くのを止めて、先生を見る。
すると先生は机の上で肩肘をつき、その上に顎を乗せると……
「かつて本能寺で滅びた、戦国武将と同じ名。しかし、現世に伝わる説は一つではない」
生きていたかもしれない。
死んでいたかもしれない。
「その時代にしか真実はない」
だからこそ、先生は歴史に興味を持ち惹かれ。時を越えて名を残し、偉大な歴史人物の生き様を自分なりに解釈し、私達に伝えたくなったと教えてくれた。
「この学園には歴史があるからな。ある事が切っ掛けとなり、専属教師を申し出た」
「あるキッカケ??」
「……戯れごとは終わりだ。早くやれ。……いつか時が来れば教えてやる」
???
先生はそのまま瞼を閉じ、
口を閉ざした。