第90章 夏の大三角〜開幕〜
教室に荷物を取り行き、急いで下駄箱に向かっていると、カランッ。髪につけていたヘアピンが滑り落ちる。
(いけない!)
私は体を下向きにして、手を伸ばし追いかける。昨日の大掃除で、ピカピカにワックスがけした廊下。ヘアピンはクルクルとスケーティングするように滑り……
コツン……
誰かの足元にぶつかった。
「す、すいません!」
家康から貰った大事なヘアピン。
踏まれる前に急いで拾おうと、
手を伸ばした時。
ふわっと、独特の薬品の香りが広がる。指がヘアピンに触れる寸前。
スッと伸びてきたしなやかな指。
ヘアピンが上に向かってくのを見て、
……私はゆっくり顔を上げる。
「……三ツ葉か」
「明智先生!!」
「クッ。何を必死に追いかけてるかと思えば……」
先生は私の手にヘアピンを乗せ、
年老いた老婆のような姿だったぞ?
普通の人が聞いたら怒り出すような嫌味を言う。
慣れっこの私はムクれながらもお礼を言って、ヘアピンをハンカチで拭き髪の毛に差した。
「良かった〜壊れなくて」
「……家康に貰ったのか?」
「へっ!先生もしかして、超能力でもあるんですか?」
私は驚きを見せながらも、先生ならあり得るかも。と、つい思ってしまう。
「……ただの勘だ」
ミステリアスな雰囲気を持つ先生。
何でもお見通し……まるで、全てを見透かすような瞳。
吸い込まれるように無言のまま、ジッと見つめていると、微かにつり上がり……
「……俺を誘ってるのか?」
「ち、違います!ただ先生の瞳……光みたいに綺麗だから」
先生の金色の瞳。
煌めく灯りみたいで本当に綺麗。
そう正直に答えると、先生は目を開きしなやかな動作で私の髪に指を絡ませ……
「綺麗なのは、お前の方だ」
その声に一瞬ドキッとして、肩が跳ねる。
「か、からかわないで下さい///さっきは老婆みたいだって言って……」
「俺は本気で愛した女なら、例え老婆に姿を変えても一生添い遂げてやる」
え……。
何で、そんな話に。
先生は指に絡ませた髪に唇を寄せ、軽く口付けをする。そして、私を見つめたままサラサラと指から解くように流し……。
「そう思える女が出来た」
先生はそう言い残し、
保健室の方へと姿を消した。