第89章 『妄想未来の甘い苺味』※R18
その間にぐしゃぐしゃになったメイクを直していると、病院から一足先に看護婦さんらしき女の人が出てきた。
見た感じ同世代ぐらいの二人。
お喋りをしながらベンチに腰掛けるのを見て、私は軽い会釈をして横に詰める。
私を患者さんの家族か何かと思ったみたいで、お見舞いの帰りですか?と愛想のいい笑みを浮かべながら尋ねられ、首を振ると一瞬で真顔に戻り、二人はお喋りを再開。
雨音しか聞こえない空間で、集中しなくても会話は嫌でも耳に飛び込んできて……
「院長の息子さん素敵だよね!私、本気でガンガン攻めようかなって思っててさぁ〜」
院長の息子。その言葉に、尚更耳はピクリと反応してしまう。
ぎゅっと鞄を抱きかかえ、視線は自然とコンクリート地面に。
「でも、婚約者がいて来年には結婚するって噂よ?」
噂じゃないんだけど……。
そんなこと言える訳もなく、言葉を呑み込むように唇を噛み閉じる。
「そんなの気にしない〜。同じ職場にあんなイケメン居るのに、指咥えてなんか見てられないって!」
「まぁ、確かにね!」
また、勝手に滲み出す。
折角、メイク直したのに。
(わかってたこと。だから、いちいち気にしちゃ……ダメなのに)
大人になっても、ちっとも成長してない。
私は二人から顔を隠すように拳を作り、目元の端に添え立ち上がる。
すると、
バスじゃなく一台の車が停まって……
ぼんやりがかった視界。
家康が運転席から翠色の傘を広げ、降りて来るのがわかった。
(どうしよう気まずい……)
盗み聞きしたつもりはなくても、バッチリ聞こえた二人の会話。案の定、突然意中の人が現れ、さっきとは全然違う可愛らしい声で……
先生!
私の隣で二人は一斉に立ち上がった。
なのに……。
「どいて邪魔。後、今は勤務外だから先生なんて呼ばなくていいし。喋りかけなくていい」
全然変わってない。
そういう所。
患者さんには勤務外でも、優しいのに。
同じ職場の人なんだから、大事にしなきゃ!
普段の私なら、そう言えたかもしれない。
(でも、今日だけは……今だけ…)
マリッジブルーの所為にしても
良いかな……?