第89章 『妄想未来の甘い苺味』※R18
走り出したバス。
数十秒後、周りから音は消え。
パラパラとした雨粒。
それがコンクリートの上を弾く音。
そして……私の涙も。
「休憩時間に携帯の電源入れたら、ひまりが体調悪そうだって……連絡いっぱいきてて。心配してた」
「ご、めんなさ……い。お仕事中に、しなくてい、い心配かけさせ…ちゃって」
家康は私が持っていた鞄と紙袋を、バス停のベンチに置くと、正面から力強く抱き締めてくれる。
消毒液がほのかに香る皺一つない白衣。そこに私の涙が吸い込まれるように、滲んでいく。家康の首からぶら下がった聴診器が頬を掠め……
まだ、仕事中なのがわかると余計に涙が止められなくなった。
「ごめん。一人で行かせたし……泣かせて……」
「ちがう…の。私が勝手に……不安になっ…たりしたから」
春にやっと研修期間が終わり念願のお医者さんになれたのに、今が一番忙しくて大変な時期なのに。それなのに時間割いて、いつも逢いにきてくれて……今だって本当は。
こんなに大事にしてくれてる。
なのにマリッジブルーなんて。
ほんと、勝手で我儘で贅沢すぎるよ。
「もう、終わるから。埋め合わせさせて」
私は顔を埋めたまま、首をふるふる動かす。これ以上、迷惑掛けちゃだめだと思い目をゴシゴシ拭くと身体を少し離して、一人で帰れるからと伝える。
「無理。心配で、俺がどうかなりそうだから」
家康はスッと顔を横に動かし仕事中に付けている黒縁メガネを外す。その滅多に見ない仕草に状況も忘れ、私は思わず見惚れてしまう。
何で伊達メガネ?って前に聞いたら、
ブルーライト防止に付けてるって。
パソコン仕事が多いから。
そう、教えてくれた。
普段はお願いしても、仕事中みたいだからやだって言って、全然付けてくれない。
家康はメガネを白衣のポケットに仕舞い、疲れを取るように指で挟み目頭を数秒押さえた後……
私を見て、
「ちゃんと待ってて」
おデコにキスして、手を引き私をバス停のベンチに座らせ、病院の中に戻って行く。