第10章 動き出す「運命」家康様side
「……………泣いてんの?」
背を向ける前に一瞬見えた潤んだ瞳。
俺は手を伸ばして、まだ濡れてない頬を伝いながら目に溜まった涙を拭う。
ぽろぽろと溢れる程泣いてなくて、ホッと息を吐いた。
「だって、家康が、ワサビと……間違えたと…か……言う…から」
何それ。
言ってる意味解ってんの?
「……なら、間違えてなかったら。……いいワケ?」
耳元に口を近づけて聞くと、ひまりはハッとした様に振り返り……
不思議そうに俺を見上げた。
(……そんな反応。期待するなって方が無理)
サァッー……
穏やかな風吹き荒れ、ひまりの長い綺麗な髪が靡く。
熱が上がった目元を掠めた。
(っとに……なんて顔してんの……)
困惑しながらも、瞳を大きく開き今何かに気づいたそんな顔。
綺麗で可愛くて……ほんと、心臓に悪い。
潤んだ瞳が何もかも
___捉えて離さない。
一瞬で全部持ってかれる。
「……ひまりとなら、キスしていいの?」
抱き締めたくなる衝動を必死に抑えて、聞く。
俺だって普通に起きてる時にしたい。こんな寝惚けたフリなんか……こんな汚い手使わないと出来ないなんて、情けないから。
「ま、またそうやって意地悪なこと言って私の反応見て、た、楽しむ気でしょ!そうはいかないんだからっ!」
誤魔化して走りだすひまり。
あっ。俺の鞄……
「………寝惚けてたの許してあげるから、お昼ご飯の寄り道……付き合ってね」
トンッと胸の前で鞄を差し出しながら、上目遣いでモジモジするひまり。
二つの鞄持って俺を探しに走り回る姿が脳裏に、浮かぶ。
それだけで充分満足する単純な俺。
「……了解」
口元が自然に緩んでた。
「何で、笑ってるの?」
「………教えない」
まだ、教えない。
もっと俺のこと男として意識するまで。
幼馴染ごっこしながら全力で攻めてあげるから、覚悟しときなよ。
まぁ、多分……
「……鞄、持ってあげるから貸して」
「え!良いよ!自分の荷物だし」
「探させたお詫び。借りは嫌だし」
ここから始まったこと。
鈍感なひまりが気付くのは当分先。
裏庭から出る寸前。
自分の肩越しに石碑を見る。
懐かしい二つ影が、見えた気がした。