第76章 「白詰草の花嫁(6)秀吉様編」秀吉様side
体育館前。
早速ひまりに村娘役を頼み、草履を履かせる場面からやり始める。
「やはり、其方であったか」
「はい。あの時は術が消えるのを恐れ、宴を抜け出してしまって……」
ひまりは、台本を片手に自分の手を握り切なげに瞳を揺らす。
(普通に上手いじゃないか)
相手役がひまりなら、台本から取り下げて貰った口づけの場面……喜んで引き受けたが。
手を握り締め、庭先に移動するように歩く演技をし……
(何か差し出す方がしっくりくるな)
そう思い、足元に視線を落とす。すると昼間に降った雨。雨露に濡れた白詰草が風に揺れているのに気づき……
手を握ったまま、
もう片方の手で一輪摘んだ。
「あの夜、美しく着飾った其方に一目で心を奪われた」
俺はその場で立膝をつき、屈み込む。
ひまりを見た時……一瞬で目を奪われた時を思い出す。
「お殿様……。でも、あの姿は術の所為です。今は、こんなにも見すぼらしい姿に……」
「何を申しておる。着飾らなくても、その花のような姿……。其方自身の美しさは少しも変わらぬ」
どんな姿でもひまりは、綺麗だ。
胴着姿で、矢を放つ凛とした背筋。
制服姿で、無邪気に笑う姿。
(気づかない間に、俺はここまで本気になってたらしい)
心の中で嘲笑い、顔を上げひまりを見つめる。
「どの様な其方でも構わぬ」
(どんな姿でも良い)
俺は花に口づけし、ひまりの手に握らせると……。立ち上がった。
「お前を無茶苦茶に甘やかして、一生かけて愛でてやる」
だから、俺について来い。
ひまりの頭をそっと撫で、そのまま自分の胸に、押さえ込む。
「ひ、秀吉先輩///あ、あの///今の台詞……」
「台詞じゃなく本音。……そう、言ったら、お前はどうする?」
本気で口説いても、鈍感なお前には伝わらないんだろうな。
こんなに愛おしさが溢れ出し、胸を疼かせた女は……。
初めてだ。
夕暮れ色に染まった空の下。
「先輩……すっごい、ドキドキして……」
呟くような声でそう言い、もぞっと、俺の胸から顔を離したひまり。
自然と手が動く。
体育館の壁に映る二つの影が、今まさに重なる寸前だった……。